リリーン! 電話が鳴った。
- 1 -
出なければ!と思った次の瞬間、違和感を覚える。 リリーン? 聞き慣れない着信音だ。 よく見ると、そこには時代遅れの黒塗り電話があった。
- 2 -
オフィスにはまだ誰も出社していない。 それにしてもパソコンやタブレットが並ぶこの部屋に、黒電話とは奇妙じゃないか。 リリーン! わかったわかった。考えこんでる暇は無いようだ。
- 3 -
「はい、山田デザイン事務所です」 「佐藤だが、にぎり特上15人前を11時までによろしく」ガチャン え?うちはデザイン事務所だぞ。 パーティーでもするのかな?この時期だから合格祝いかな?俺には関係ないよな。間違える方が悪いんだ。俺はいつものようにメールのチェックを始めた。 そわそわする。もし寿司が届かなかったらパーティーは台無しだ。俺もお人好しだな。この電話の最後の着信を調べればわかるはず
- 4 -
俺は着信履歴を調べようと電話に手を伸ばし、そこでようやく気がついた。 ああ、これは黒電話だ。着信の記録なんて残っているわけがない。 メインデイッシュの無いパーティー。腹を減らしたゲストが自宅に15人。もしホストが自分だったら‥考えたくもない! リリーン! そのとき電話が鳴った。
- 5 -
さっきの人だ!とっさに電話を取った。 「もしもし、3丁目の須山ですけど、車を1台回して下さる?病院に行きたいの。よろしくね」ガチャン 今度は女性からの電話だった。 車?病院??タクシーに電話をしたのだろうか。うちはデザイン事務所だ。。 ふと、体調が悪化して苦しむ女性の姿が頭に浮かんできた。 「いかんいかん、なんで俺が悩まなくちゃいけないんだ」 リリーン! また電話か!音が鳴った方を見た。
- 6 -
「はい、山田デザイ…」 「いまテレビでやってる掃除機セット注文するわ。いまならもう一つついてくるんでしょう?よろしくね」ツーツーツー。 いったいどうなっているんだ。電話回線が混線してるようだ。 このままだと、我がデザイン事務所への依頼がどんどん増えてしまう。寿司を握って、ハイヤーを手配して、掃除機を配送して。もうこれ以上はごめんだ!
- 7 -
俺はコードを抜いてやろうと電話機を調べたが、この時代のものは抜き差しできるつくりにはなっていない。 それなら壁のジャックだと、黒いコードをたどっていった。どうやら隣の部屋まで続いている。
- 8 -
隣の部屋のドアを開けると、中は真っ暗。一歩足を踏み出すと突然電気がついた。 「サプラーイズ!」 会社の全員が寿司を前に並んでいた。 「米国でのコンペ、君のデザインが採用されたぞ!夜中に向こうから連絡があって、急いでみんなを招集したんだ」 社長が言うとチームの皆も口々に言った。 「今日は寿司でお祝いだ」 「あなたのあの自動車のデザインが認められたのよ」 「今期のボーナスは二倍にしてやるぞ」
- 完 -