Word World 〜言の葉でつなぐ3人の絆〜

娘にせがまれ、葵はノートを取りだした。 学生時代、友人たちとノートを交換しあい、小説を書き集めたものだ。 ノートは古び、薄茶けてしまったけれど、そこに描かれている物語の瑞々しい輝きは今でも健在のように見えた。 「お母さん、それステキね。さっそく読ませてもらうわよ」 恥ずかしいと最後まで渋るが、実は嬉しかった。 「これ、小さい頃読んで聞かせてもらった話じゃない。うちの子にも読んであげようかしら」

aoto

12年前

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「やめてよ、恥ずかしい」 「いいじゃない、このノートがお父さんとお母さんが知りあったきっかけだなんて、素敵な話だと思うよ」 そう、この薄茶けた一冊のノートが、葵と葵の夫を結んだのだった。 それから時は流れ、二人の間に子どもが産まれた。 それが、今葵の目の前にいる娘、美空(みく)である。 「私ね、自分に付けてもらったこの名前、すごく気に入ってるんだ。あと、このノートも」

hyper

12年前

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葵の夫の名は、蒼(あおい)と言う。 今や美空に合わせて互いをお父さん、お母さんと呼ぶようになって久しく、名を呼び合うことはほとんどないけれど。 葵はノートを受け取る。 ふと、小説の枠外に、自分の書いた文字が目が留まる。 未来を予言するような走り書き。 あおいあおい、うつくしいそら。 蒼、葵、美空。 美空の命名の由来はこれだ。 …蒼と葵の出会いは、30数年前に遡る。 二人は共に20歳だった。

12年前

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このノートに何を書こうか。 新品のノートを目の前に置いたまま葵は唸った。 表紙の空の絵にみとれてついつい買ってしまったものの使い道は考えていなかった。ここは講義ノートとして使うのが妥当だろう、大学生なのだから。しかしせっかく気に入って買ったのだ。どうせならもっと特別な、楽しいことに使いたい。 表紙をめくる。まだ白いままのページとそこに均等に張り巡らされたグレーの横線。至って普通のノート、だ。

錫(すず)

12年前

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ノートをぼんやり見つめながら、葵は教室で座っていた。そろそろ授業が始まるのか、ちょっとずつ人が集まってくる。 葵の隣に男の子が座った。ふと視線を感じ顔を上げると、人懐っこい笑顔で彼がこちらを見ていた。 「ごめん、1ページでいいからノート破ってもらえないかな?忘れてきちゃって…」 彼の視線があまりにも真っ直ぐで、葵は思わず空の絵のついたノートを差し出した。 「どうぞ…破らないでそのまま使って」

ぶる〜

12年前

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「え、でも」 「破ったら何にも残らないからね」 彼は躊躇ったが、やがて「うん、わかった」と言って、両手でノートを拝借した。 退屈な授業の最中、葵がちらと視線を横にやると彼はうつらうつらしていた。 板書するノートに、涎がひと雫落ちたのを見て、葵は吹き出した。 「ふっ、ぷくくっ」 子どもっぽい人...。彼に真っ先に抱いた印象がこれだった。 授業終わり、彼に尋ねた。 「ノート、コピーしに行く?」

12年前

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当時はコンビニも少なく、ふたりは大学近くの商店街の不動産屋に立寄った。 コピーを撮りながら、彼は向いの小さな書店をぼぅと眺めていた。 その横顔を葵はまたチラリと見、やはりどこか幼いかもと、クスリと笑った。 「なに?」 「うぅん、何でも。…本屋さん見てたけど、読書好きなの?」 「俺…小説家が目標なんだ」笑顔で振り向いた彼は、さっき迄の子供っぽさとは違う、眩しい男性だった。 葵の胸の奥で何かが弾けた。

真月乃

12年前

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このざわめきはなんだろう。今まで感じたことのない心地に葵は襲われた。 「ん?どした?」 気がつくと彼が心配そうに覗き込んでいた。いつの間にか立ち止まっていたらしい。 「あ、いや、大丈夫」 ならいいんだけど、と彼はまた前を向いた。 まだ胸がどきどきしている。これって、いったい…。 「俺さ」 ぼそっと、彼がつぶやいた。 「自分の夢、人に言ったの初めてなんだ」

Florence

12年前

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「いい夢だよ。2人で書かない?このノートに」 「いいな。そうしよう」 2人は一緒に小説を書いた。 これが葵と蒼の始まりの瞬… 葵は美空を思い出の本屋に連れて行きノートを買った。 「ここに新しい物語を築いていこう」 家に戻ると蒼がいた。 葵は無二の物語を書こうと蒼を促すと、優しく微笑んだ。 太陽が輝く夏の日、3人の人生に新しく言の葉が綴られる。 冒頭は、 「あおいあおい、うつくしいそら」

skyrain26

12年前

- 完 -