「どんなイケメンも、 器が大きくなくちゃダメよ。 あなたは素敵な人と出会って、幸せな人生を送るの。 決して、ママみたいにならないでね。」 こう言って8年前、ママは家を出てった。 あたしとパパを残して。 あたしはあの日からママに言われたこの言葉をずっと心の中で唱えている。
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パパの器が小さいと思ったことは一度もない。ママが我儘すぎたんだ。仕事も家事もせずに「世界一周旅行に行ってくるー」とか「高級外車買ったからー」とか言われたら誰だって怒るでしょ。喧嘩も一方的で屁理屈ばっかり。まだ小さかったあたしが聞いてて呆れるくらい幼稚な言い訳。 ママに言われなくたってあたしはママみたいには絶対にならない。 パパはママが出て行った日あたしに物凄く謝っていたけどパパは悪くない。
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だから、あたしはママの代わりになろうと思った。パパがとても可哀想だったから、パパがとても好きだったから。 パパには内緒でママの写った写真は全部ビリビリに破いて捨てた。ママが残していったお洋服も化粧品も歯ブラシも全部大きなゴミ袋に放り込んで捨てた。 ママは最初からいなかった、そう考える事にした。 『今日からあたしがパパの奥さん』 小さかったあたしの奮闘の日々が始まった。
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本を見ながらお料理をした。パパの好みは濃い味で、卵焼き一つにも醤油と砂糖をいっぱい入れる。 お洗濯をするのも勉強だ。ワイシャツに皺を作らないようにするのは難しい。でも、家事さえろくにできなかったあの人より、私はうまく出来ているに違いない。 いやらしいこ。 そういえば、パパとお風呂に入る時、ママの私を敵視していたような目線を思い出す。そういう視線こそ、私はいやらしいと思っていたのだけど。
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そんなママの視線を感じながらもわたしは仲良しの親子を演じ続けた。 なんでって? それはパパのことが大好きだから。 ママとわたしが仲が悪いって気づいたらパパ悲しんじゃうでしょ? パパがいる時はママの言うことをちゃんと聞く「見せかけのいい子」 パパがいないときは…… わ る い 子
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ガチャン。 「ただいま〜!」 あっ、パパが帰ってきた。 「パパ、お帰りなさい。今日も一日良い子にしてたよ!!」 パパに今日も良い子にしてたと伝えると、パパは、笑みを浮かべて頭を"ポンポン"してくれた。 「パパ。今日は、パパの好きなカレー作ったよ。沢山作ったんだよ!!だから、沢山食べてね」 「おっ!それなら、早く着替えてくるか〜!カレー、楽しみだ」 ママ…。 二度と帰って来ないでね。
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パパ疲れたでしょ!肩もんであげる! そう私がいうとパパはものすごく喜んでくれた。 私も、今は楽しかった。この時までは。 「パパな、今度、新しい奥さんができるかもしれないんだ」 肩もみしていた手が止まる。 え?なに?新しい…奥さん…? なにそれ、奥さんは、私… 私がいるじゃない…ねぇパパ? 思いが駆け巡って涙に変わる。 私は2階に駆け込んだ。 変だな… あんなに嫌いだったママに、会いたい
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新しい奥さんはどんな人…?やっぱりママみたいな人かな…? パパってそういう人が好みなのかな…? 考えれば考える程涙が出てくるの。
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新しい奥さんは、ママとは違って料理も洗濯もちゃんとやるし、マッサージだってしてあげてる。私のしていたこと全て私よりもうまくやってる。 大きい器。ママの言葉を思い出した。パパはいまとっても幸せそう。だったらそれを認めたくない私は器が小さいんだろうな。受け入れなくちゃ。 私はキッチンへ行き、戸棚から一番小さな器を取り出す。パパの幸せがずっとずっと続きますようにと祈りながら小さな器を落として割った。
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