ある日、私の元に届いた知らないアドレスからの不審なメール。 「オ前ヲ殺ス」 たった一言、それだけ。 でも私に心当たりは、ない。
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「そうか、私は殺されるのか。」 前に道端でうさんくさい占い師に声を掛けられこう言われた。 「あんた、殺されるよ。」 は?何言ってんのこの人。その時は本気になどしていなかった。 だがこれが私の運命だと言うのなら迷わず受け止めよう。不思議と恐怖などと言った感情は全くと言っていいほどなかった。 寧ろ何だか清々しい気分だった。やっとこんな人生に幕を下ろせるのか、と思うとせいぜいした。
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しかしこのメール。一体誰からなのだろうか。殺スということはこの人は私を殺しに来るということだ。 何も知らない人から殺されるのは…まぁ構わないけれど、相手が多少なりとも私のことを知っているのに私の方は何も知らないというのはちょっとつまらない気がする。 どうせ死ぬのだ。最後に私を殺してくれる人の名前くらいは冥土の土産に持って行ってもいいだろう。
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[私]は苛立ちを隠せなかった。 標的である娘が何も行動しない事に腹が立っていたのだ。 「つまらない。[私]は娘が怯えて命乞いしている姿を見たいのだ。死を受け入れる姿なんて見たくない。そうでないと満足のいく殺しができない。これが[私]の唯一の楽しみなんだ。」 [私]はカバンから携帯を取り出し、再び娘にメールを送信した。 「オ前ヲ殺ス。身内モ一緒ニダ。」
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なるほど、「身内」とくるか。 私の彼にも当てはまるし、親にも当てはまる。 はったりか真実かはわからないが、まだまだ甘いなこの主は。 何らかの要求をしているわけではないので、悪戯だと考えられるが、相手の心を揺さぶるには「真実味ある情報を掴んでいるんだ」と伝えることが必要だ。かつて盗撮とメリーさんまがいのことをした経験のある私には通用しない。 ここは一つ、情報を集めるために泳がせてみるとしよう。
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ん?あの娘、電気を消して物陰に隠れたぞ? ふん、ようやく怯え始めたか。 「隠レテモムダダ」 あ〜、やっぱり監視してたか〜。 ていう事は、ここは5階だから、覗いている場所は…あのビルの屋上、距離にして約300mってとこか。 あの距離から隠れた事が分かったって事は、双眼鏡か何かで見てるわね。 で、確かあのビルはセキュリティが厳重だから、簡単に屋上に上がれる人間…。 もう少し情報が欲しいな〜。
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なんかスパイ映画みたい。フフッ。 彼…ん? 彼?彼女? んー…面倒だから“奴”って呼ぼうかな。 奴は何が目的だろう?私に恨みを持ってる…? 早々と決めつけるのはやめとこ。なんたって命かかってるからね♪ ま、問題ないわ。 私、実はね…
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ちょー視力いいから。 そりゃあもう、 アフリカの、なんとか族なみに。 300mくらいなら、ベランダに出れば余裕で相手の顔も確認できる。 奴 は、まさかわたしに見られてるとは思わないだろう。 監視してる…ってことは… 奴 の目的は、殺すことだけじゃないよね。 脅迫メールを送りつけて、わたしの反応を愉しんでる、変態。 なら、今ベランダに出ても、狙撃されるなんてことはないだろう。
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[私]は驚いた。娘が平然とベランダに姿を現したのだ。 「何だこいつは…[私]のメールをただの悪ふざけだと思っているのか?一向に怖がる素振りがないんだが…。それとも死に抵抗がないとか…今の若者は何を考えているか分からん」 よし、もっと脅しになるようなメールを送るか。そう考えていると、調度携帯が鳴った。あの娘からのメールだ。 「まさか、貴方にこんな趣味があったとはね。さて、物は相談ですよ。知事」
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