おとぎの森のスラップスティック

猟師は素晴らしい考えを思いついた。 自分のアイデアに思わず膝を叩いた。手のひらの形に赤くなった。 森の近くの村にいる娘に赤い頭巾と貝殻のピアスを渡す。 森の中で真っ赤な頭巾被って、キラキラ輝くピアスを付けた、ド派手な格好をしていたら狼か熊に襲われるはずである。 そこを助ける!ガッと助ける! 毛皮も手に入り、しかも女の子にモテる。 これは直ぐに実行せねばならない。

朗らか

11年前

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さてさて、メルヒェン読者の皆様。この猟師が案じた一計を、よこしまな禁じ手だ!と申し上げてはいけません。 世には『一押し二金三男』という言葉があるのです。ご存知なければ辞書をどうぞ。 要は大事な場面でガガッ!といければご都合主義もござれですから、話の行く末を温かく見守りましょう。 では取り急ぎ、閑話休題。 思い立ったが吉日。 かくして猟師は森の近くで、我ながら冴え冴えたアイデアの決行に移る。

おやぶん

11年前

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この破廉恥なプランを看破して、希代の詐欺師との横槍は、いささか御免蒙りたい。 さて、この猟師、実は元敏腕営業マン、昔取った杵柄があることは皆様ご存知無い? 狩人の本格的な姿勢には、烏賊にも烏賊にも八本だか十本だか、もはや乙女心もまな板の上の蛸。 貝殻ピアスの赤頭巾ちゃん、さあ森の中で、狼、熊さんに出会うお膳立ては整った。 狙う獲物はゴリラでも熊でも無い所望。 ガガガッと降参させればよい。

唐草

10年前

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森の手前で、頭巾とピアスを可憐な少女に手渡したまではよかった。 ところが、である。 暗い森の奥、赤い頭巾を引き裂かんと現れ出たるは、巨大かつ獰猛な人喰い熊。鉄砲にも立ち向かう、人を恐れぬ森の主である。 …これはガガガッと降参させるのは中々に難しいやもしれない。 猟師が頭を抱えた時、目の前の光景は意外な展開を見せた。 赤い頭巾の少女は軽い動作で宙を舞い、熊の頭に踵落としを食らわせたのだ。

10年前

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その光景を目の当たりにした猟師の表情の、なんと間の抜けたことか。 猟師はすっかり失念していた。 森近くに住む村民は、森を歩む知恵や野生動物への対処に長けている事を。そして、少女もその村民の一人であることも。(少々超人的過ぎな気もするが) ふと、熊の胸倉を掴んだ少女が猟師の方を向く。 ──てめえの馬鹿な企みなんざとっくにお見通しだ。 猟師曰く、彼女の目がそう言ったようであったという。

流され屋

10年前

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しかしこの猟師、さすがは元敏腕営業マン、転んでもただでは起きぬ。計画に変更はつきものである。 猟師は考えた。 狩りの腕には自信がある。そこにこの少女の体術が加われば向かうところ敵なしである。 少女だろうが美女だろうが老女だろうがガガガッと助けること容易に違いない。 目先の利益だけにとらわれるべからず。 猟師は営業スマイルでもって少女に近づき弟子入りを願い出た。

ミズイロ

10年前

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ところがこの少女、近年珍しい硬派とみえて、猟師の頼みに首を横に振るばかり。これでは少女とのタッグで毛皮のガッポガッポも夢の夢。猟師の秘中であった百戦錬磨の笑顔戦法は、ここに脆く崩れたのであった。 花咲く森の道を伝い、少女は去っていく。その場に残ったピアスの落とし物。熊との戦闘の際、耳から外れたらしい。 お嬢さんお待ちなさい、とばかりに猟師が追いかける。しつこいと少女がスタコラサッサ逃げていく。

aoto

10年前

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猟師と少女の話は大詰め。果たして猟師は二兎を追い二兎を逃すのか。物語もいよいよ終盤。 仲睦まじげに走る二人は、いつの間に花咲く道から暗い森の奥へ。辺りは毒々しい花が生い茂る魔境へと変貌する。 猟師は負けず嫌いの性分だ。 一度や百度ではまだ諦めない。まずはきっかけ作りから。その為にピアスは必ず手渡しすると誓っていた。 少女は背後を見て驚愕する。ここまで追ってくるのか。敬意すら芽生えつつあった。

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かくして少女の根負けで長い逃走劇は幕を閉じた。満面の笑みでピアスを差し出す漁師に少女は苦虫を噛み潰したような表情で応じた。 すわ、裁判沙汰かと思われたそのとき、森の奥から甲高い悲鳴があがった。見れば年端もいかぬ兄妹が老婆に砂糖菓子の家に引きずり込まれそうになっている。 漁師と少女は顔を見合わせた。お互い本意ではないものの、ここで動かねば人ではあるまい! 一時休戦!二人は怒号とともに突進した。

まーの

9年前

- 完 -