そして僕はスカートをはかなくなった

「ねぇねぇ 今度さ、一緒にスカートはいて歩こうよ」 彼女が唐突にそんなことを言い出すから 僕はコーヒーを吹きそうになってしまった。 「な、なにそれ」 彼女は、僕が女の子っぽいから大丈夫だよなんて言いつつ冗談ではなく本気でそんなことを言っている。 何を考えているんだ。 だってそもそも僕は… 「新しい自分が見えると思うの 気づくと思うの 私はあなたのこと、救いたいの」 僕は意味が分からなかった。

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彼女の提案をやんわりとかわして今日は別れて帰宅した。 そもそも僕が今更スカートを着る必要なんてないんだ。 だって、彼女の知らない僕のもう一つの顔は・・・・・ 余計な事を考えるのは後にして夜の支度に かかる事にした。風呂に入り身仕度を整え衣装をあつらえる。 鏡の中には、長い黒髪に包まれた小顔とスレンダーな肢体をドレスに包んだ美女が写っていた。 さて、今日はターゲットを仕留めないとな。

errorcat

13年前

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目標を達成するには、ギリギリのラインまで誘い込み油断させる必要がある。僕は鏡を背にし、うっすらと現れる下着のラインをチェックした。 よし、今夜も僕は美しい。 バッグには念のため、保身用のスタンガンを忍ばせる。幸い今までこれのお世話になったことはないけれど。

旅人.

13年前

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今回のターゲットは有坂 団蔵、68歳。 脂ぎった投資家の爺さんだ。 僕は金持ち相手には微塵も同情を感じない。更に妻子ある身で若い女に手を出す様な金持ちには尚更。彼には孫までいると言うのに。 今夜必ず彼は赤坂にある、『クラブ Amour rivale』を訪れる。先手は打ってあるのだ。 内心来なきゃ良いのに……と言う思いが過るも、それは一瞬のことで、僕はまた冷酷な美女の顔に戻った。

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いつもなら、ターゲットの前を特注のフェロモン香水をふったウィッグをかきあげて歩くだけで、たいていの男は僕に心奪われてしまうのだが、この日は違った。 団蔵氏は連れの若い女子にご執心らしく、こちらを見向きもしなかった。 対抗心に火がつき、女豹の視線でネオンをバックに女のレベルを確認する。 あっ! 思わず僕は声をあげた。 そこにいたのは、ついさっきまで一緒にいたあの女の子だったからだ。

B.I.L

13年前

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「なんであんなやつといるんだ。」 すっかり動揺してしまい、ターゲットの事など頭になくなっていた。 すでにターゲットのエスコートに笑顔で応対する彼女に対しての疑問や憤りで頭がいっぱいになり、ただ影から微動だにせず爪を噛む仕草をしながら傍観しているだけだった。 すると、すでにターゲットが止めていた車の寸前まで進んでいた、今夜のターゲットから 目標とするものを奪取するには、デッドラインまじかだ。

munk8

13年前

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こうなったら、出ていかないわけにはいかない。けれど、彼女が邪魔だ。 躊躇ったほんの一瞬、彼女が僕の方を見た。その目は確かに僕をしっかりと捉えていた。 笑っていた。 「新しい自分が見えると思うの」 彼女の声が頭の中で反響する。彼女は僕のことを知っていて、あんな提案をしたんだろうか。 かっとなって、思わず本当に爪を噛んでしまった。千切れた爪の欠片を吐き捨て、バッグの中のスタンガンを鷲掴みにする。

lalalacco

12年前

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「あっ、ユキちゃーん!」 驚愕で見開かれる彼女の目に笑いかけ、僕は走り寄る。そうして最後の一歩でわざと、ミュールの踵を踏み外す。 ああ、この子、いい子だ。 反射的に手を伸ばしてくれる彼女に感謝しつつも、僕は転びながら彼女の手を引く。スタンガンを握りしめる。二人で地面に倒れこむ。 ばちん。 「大丈夫かい?」 いたた、と地面に手を着いて状態を起こす。彼女は、起きない。 僕は、ターゲットの顔を見上げた。

sir-spring

11年前

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彼は真っ直ぐユキに駆け寄った。その表情は、相手を心から案ずる物だった。行きずりの男女とは思えない、まるで家族のような。 「大丈夫だよ、お祖父ちゃん」 唖然とする僕の目の前で、ユキが立ち上がる。彼女は自身の指輪を僕に示した。 「これ、特注品。電流を散らしてくれるの」 彼女は全て見通していたのだろうか。 「お前がユキの彼氏かね」 団蔵氏は一転、慈愛に満ちた顔で言った。 「夜遊びは程々になさい」

11年前

- 完 -