俺には年下の彼女がいる。 明日はその彼女と久々のデートである。 「じゃあ駅前の広場に10時半に集合ね! 遅刻したら許さないからねー」 「わかった、わかった。大丈夫だって。」 おやすみ、とお互いに言葉を交わしケータイを閉じる。 彼女は普段は優しい人柄だが約束や待ち合わせをほっぽかすと人一倍怒る性格だ。 「明日は少し早めに家を出るか。」 そんな独り言を呟き、深い眠りについた。
- 1 -
翌日、8:30に目を覚まし、準備をしていると携帯がなった。 「おはよ」 「おはよー!」 電話の相手は彼女だ。 「ちゃんと起きてたんだ」 「ちゃんと起きてるよ、なに?心配して電話してきたの?」 「うん!遅刻厳禁だからね!じゃあ後でね!」 そう言って彼女は電話を切った。 ーーー 俺は待ち合わせの場所に10分前に着いた。 辺りを見渡したがまだ彼女は来てないようだ。 「着いたぞ」とメールを送った。
- 2 -
彼女からの返事は無かった。 まあ、10分前だし当然かと思い、特に気にせず待つ事にした。 ところが…。 今迄一度も遅れた事の無い彼女が、珍しく待ち合わせ時刻を30分を過ぎても現れなかったのだ。 すると、ようやく彼女からメールが届いた。 俺はやれやれと思いながらメールを開いてみた。 「…何だこれ…⁉︎」 そこには、口をガムテープで塞がれ、ロープで柱に括り付けられた彼女の画像が添付されていた。
- 3 -
驚いた俺は素早く文字を打ち、送信ボタンを押した。 「そこどこだ!?」 お前は人一倍約束事にうるさいばかだけど、お前は人一倍さみしがりだろ… 目頭が熱くなる。 頼む…。答えてくれ…。 祈るような思いで携帯を握りしめた。 いや、もう走り出していたかもしれない。 焦りのせいか、もはや記憶はほとんどなかった。
- 4 -
走り回ってもどこを探せばいいかわからない。闇雲に走りすぎて立ち止まると、汗が滝のように流れてきた。 そこで着信。 ──非通知。 これはもしかすると。 「もしもし! お前か! あいつをどうするつもりだ!」 電話の向こうは静かすぎる。生活音もなく、車が走る音もない。 『心配だよねー。どうしちゃおうかなあ』 ボイスチェンジャーで性別はわからない。なんでだよ! 『昔、人の心を踏み躙ったよね。忘れたかな?』
- 5 -
「は?? なんの話だよ」 『高校の時、君、山内をいじめていただろ。彼、卒業した後どうしたと思う? いじめのPTSDで自殺したよ』 頭の中をいろんな情報が錯綜する。山内というやつはいた。でも、いじめたか? いじられキャラのあいつをみんなに混じっていじっていた、という認識だった。 あいつが自殺? 「それと彼女は関係ない! 復讐するなら俺を連れて行け!」 『それじゃ意味ないじゃない』 口調は女か?
- 6 -
『私はね、あんたに理解してほしいの。大切な人を失う苦しみをね……』 電話しているうちに向こう側の声は大きくなっていった。今や完全に口調は女のものだ。 そういえば、山内には彼女がいた。その彼女のこともいじっていたことを思い出したのだ。確か名前はーー 「お前、香織か」 『……そうよ』 「香織、やめてくれ。僕には何したっていい。だけど、彼女だけは」 『あんたはやめなかったくせに?』
- 7 -
『やーね、ほんと。自分だけ被害者ヅラされるの。吐き気しちゃうわ』 『ねぇ、今どんな気持ち? 大切な人、いなくなっちゃいそうよ? そうね、ほら……ここ、ちょっと切ってみようかしら。アラ、紅いわ。あは…うふふ…!』 段々声が狂気を帯びてくる。 「香織! 本当にやめてくれ! 俺が悪かった、虐めていたのも謝る。だから……彼女だけは……」 『嫌だ』 「っ、あ」 言葉じゃ通じない。 冷や汗が止まらない。
- 8 -
頭の中に過去が蘇り、一つの言葉がよぎった。 「人の為に人を傷つける事などあってはならない…」 『は?』 「…山内が、よく読んでた本。取り上げて落書きしたページにあったから…」 何かが落ちる音がした。 香織は自首し、俺は彼女に過去を告白した。 「俺、償いの旅に出る。一生の旅になると思う。だから」 「待ってるから」 俺の言葉を遮って彼女は言った。 「彼の事忘れないでよ。約束破ったら許さないからね」
- 完 -