人外レストラン『喰堂』

「お前の舌はどうかしてる」 「貴方の食は狂ってる」 人外共が蠢く、夜の刻。 有名人外レストラン『喰堂(くどう)』の一席で口論する、二つの物陰。 「お前、また人間の食いもんか。んな物の何処が上手い」 「血が主食の貴方に言われたくないですね。てか貴方甘味類は食べるじゃないですか」 「デザートは別だ。あれは天の供物だ」 吸血鬼と九尾。金髪碧眼と黒眼黒髪。 相反する容姿の二人の人外の食口論が始まる。

コノハ

11年前

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もはや金曜夜の代名詞ともなった二人の食口論。それを見つめる客の目は、なんとなしに生温い。 「そのまま液体だけ飲み続けたら、ご自慢の牙がボロボロになるんじゃありませんか?」 「お前こそ、人間の食いもんなんて喰ってたら鬱陶しい尻尾の数がちょっと減るんじゃねえ?」 「綺麗な碧眼が濁った紅色に染まる日が楽しみです。」 睨めつけ合い、火花を散らす二人の口喧嘩はとどまるところを知らない。

nicol

10年前

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「僕からしたらどっちも美味しくなさそうだけどね」 誰にともなく呟いたのは二人の傍らのテーブルで上品に盛り付けられたステーキを齧る茶髪緑眼の男。こちらは狼男である。 「お前には言われたくねえよ」 「貴方には言われたくありませんね」 今の今までいがみ合っていた二人が口を揃えて返すときょとんとする狼男。 「ええ?モノによるけど美味しいよ、人間。食べてみれば?」

シノミヤ

10年前

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吸血鬼と九尾には不評だが、狼男の嗜好はそう珍しくない。 人外達には人間の肉を好む者が多く、『喰堂』が夜毎大盛況なのも、人里に足を運ばずとも人肉にありつけるから、という理由が大きい。 曰く、人間の肉はその緩みきった生活故に、甘く柔らかく──。 「俺は、金さえ払って貰えるなら何でも作るがな」 止まぬ口論へ仲裁に入ったのは、店の主人たる赤鬼だ。大柄で武骨な体、赤髪金眼の容姿は、独特の威圧感がある。

香白梅

10年前

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「貴方の豪腕から、この料理の繊細で華麗な味付けが成されているだなんて、私は未だに信じられません」 「おい、吸血鬼、赤鬼の悪口だけはやめときな。こいつの料理を食うのが俺の生き甲斐になっているんだ」 「鮮度のいい生人間を調達してくれる店なんて、そうそうあるものじゃないから、僕もお世話なっている」 「お前ら少しは静かにせえよ。ボルドー産血液十七歳もの、稲荷うどん、生人間の刺身だ。たんと食えよ」

aoto

10年前

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彼らは一時議論を休戦とした。料理から漂う香りに忘れていた食欲が疼く。 「いただきます」 黒眼黒髪が九本の尻尾を優雅に揺らしながら言った。 「お前っていつもそれ言うよな?何で?」 「食べる前に、食材に、作ってくれた人に、この料理に関わるすべてのものに感謝するんですよ。私からすれば『いただきます』を言わない貴方たちの方が不思議です」 「へえ…」 碧眼と緑眼が交錯した。 「「いただきます」」

Ringa

9年前

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九尾が美しいつり目を丸くする。 美味しそうに食べ出す狼男と吸血鬼を交互に見てふっと口元を綻ばせた。 「この店の稲荷うどん格別なんですよ。少し食べます?」 「いや、いらない」 「肉が一番だね」 まあ、でも、と皿に視線を落として呟いた。 「たまにはゲテモノ食うのもアリか」 「血や人肉を好む貴方達に高貴な味は分かりませんね。結構です」 稲荷うどんは九尾の胃袋に綺麗に収まった。

8年前

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周囲の客は、また冷戦再開かと固唾を飲んだが、杞憂に済んだ。 「腹が満たされりゃあ、喧嘩も起きぬ、とね」 赤鬼の主人の名言に、おおーとどよめきが響き渡る。これも喰堂お約束の名場面である。 「さて、腹を満たした次は俺の懐を満たしてくれ──払えねえなんて言う奴は閻魔様にベロ切りちょん魔の刑を執行してもらうが、さすがにそんな阿保者はいねえよな?」 これも喰堂恒例の恐怖のお勘定タイム。 「あ……」

ゆりあ

8年前

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と吸血鬼。 「しまった。カードしか……」 「カードだぁ?」 赤鬼が文字通り鬼の形相。 「ウチは現金しか認めねぇぞ!」 「きゅ、九尾……、こんなこと言えた義理じゃねぇが、貸して……」 「お断りします!」 ピシャリと九尾。 「その代わり、奢って差し上げましょう」 ニヤリと笑う。 「貴方が私に屈するのなら」 それを聞いて元々蒼かった吸血鬼の顔色は、いよいよ蒼白となるのであった。

- 完 -