ケセラン・パサランの贈り物

チクチク、ツンツン… チクチク、ツンツン… 最近ハマってるクラフトがある。 羊毛クラフトとか、ニードルフェルトとか、チクチクとか、色んな風に呼ばれてる。 専用の特殊な針で羊毛の塊を突ついて突ついてどんどん固めて動物とかの形にするの。 今日も朝からチクチクしてて、羊毛を付け足してチクリってしたら 「むきゅっ!」 え⁈ 付け足した真ん丸ふあふあな羊毛の塊が鳴き声上げた! よく見たらそれ、

真月乃

12年前

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それ…それ…これなんだろう? あれかな?ケセラン・パサランって奴。確かあれって謎の生命体だよね。 白い羊毛は手のひらで遊びまわる。 「…とりあえず、ケセちゃんって呼ぼ」 私はケセちゃんについて調べた。 「やぁっぱり謎か…でも幸せをもたらす妖精ともかいてある…」 私はケセちゃんを見る。 「ケセちゃん、幸せにして〜?」 「むきゅっ」 かわいい…。 でもケセラン・パサランと決まった訳ではない。

moti

11年前

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もしかしたら同じ謎の生命体でも、凶暴な奴かもしれない。「むきゅ」なんて可愛いことを言って油断させるとか。 ふわふわの毛の間から真っ赤な口がのぞく場面を想像して、思わず身震いをする。 とりあえず、ケセラン・パサランだったとしても検索結果に倣って瓶に入れよう。 「ケセちゃん、おうちにいて私を幸せにしてね」 手の平に乗せた白いふわふわを目の高さまで持っていって声を掛け… 「しあわせってなにきゅ?」

のんのん

11年前

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急に喋り出したケセちゃん。 動揺を隠せない私。 瓶に入ったケセちゃんを見つめて、目を点にしていた。 「なにジロジロみてるきゅ。はやくしあわせはなにかおしえろきゅ!」 「え。は、はい…」 とは言ったものの、しあわせがなにか私には説明できなかった。 幸せってなんだろう。

ぽんず

11年前

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幸せとは何か、慌てて考える。 えーと、権力とかお金じゃないことはわかる。 うう、目があるのかどうかもわからないケセちゃんから強い視線を感じる…。 「えーと、幸せっていうのは…そう! 毎日笑って過ごせることかな?」 「わらうなんてじぶんでやることなんだきゅ。それがしあわせなら、ひとにたのむことじゃないきゅ」 …真理である。 瓶の中をふよふよと浮遊するケセちゃんが、途端に神々しく見えてくる。

ミズイロ

11年前

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そんなこともわからないご主人さまに捕まった僕はこれからどうなるのきゅ…」 「あ、えっと、はい、すみません…」 思い描いていたケセちゃんのイメージと違うなと思いつつ、なんとも言えない気迫に押されてつい謝ってしまった。 「で、ご主人さまの幸せは何できゅ?!」 催促されるままになにかなぁと考えてる時、私は自分自身で幸せだと感じていたあの時期を思い出した。あの頃に戻りたい…その願いは届くだろうか。

10年前

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あのころ──それは病気に罹り自宅にこもりきりになる前。 体調の波に左右されず、外出できることがどれだけ楽しいことだったか。それがままならなくなったから、今の私はクラフトで時間を潰すことを覚えた。 無心で制作に没頭するのはキライじゃない。でも幸せとは違う。 やっぱり病気する前の自分に戻りたいけど、それをケセちゃんに教えるなら… 私は瓶の蓋を開けると手のひらに毛玉を乗せて、ふっと息を吹きかけた。

おやぶん

10年前

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ふわり、ケセちゃんが舞い上がる。 「これが私が望む幸せ、かな」 「きゅ?」 「どこにも閉じ込められず、何にも縛られず、自由にふわふわ、好きなところへ飛んでいくの」 ケセちゃんは私の身体を観察するかのように、私の周りをゆっくりと漂う。 「わかったきゅ」 「え?」 問い返す間もなく、ケセちゃんは霧散して消えてしまった。 私の身体に変化は見られず、全ては元どおり。あれは白昼夢だったのだろうか。

hayayacco

10年前

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「それで、ケセちゃんどうなったの?」 「ママにね、幸せを運んでくれたのよ」 あれから10年。 あの後の精密検査で私の病巣は消えていた。その後再発もない。 体調が戻り、好きなところに旅行していて夫と巡り会った。やがて娘が生まれ、笑顔の絶えない日々だ。 私は長年の趣味となったクラフトを取り出し、膝の上の娘と一緒に針を握る。ケセちゃんに感謝を込めながら。 チクチク、ツンツン… チクチク、ツンツン…

10年前

- 完 -