hello and goodbye.

「故郷」を語るときのみんなの話し方。少し気だるそうに、でもほんのちょっと甘さが混じるあの感じ。それがとてもうらやましかった。
幼い頃から転居ばかりだった私には、「故郷」と呼べる土地がない。だから、懐かしさでたまらなくなっても、思いを馳せる場所がない。
そしてそれは、知らず知らずの間に私のコンプレックスになっていた。
でも、劣等感を認めたくなくて。

そんな頃、私はあの町に引っ越した。

こりす
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「あら、おかえり由香ちゃん」

そう声をかけるのは家族ではなく、下校途中ですれ違った通行人だ。引っ越してしばらくは戸惑ったものの、今はすっかり慣れた。

この町はその規模の小ささから、住人同士の距離が近く、まるで家族のようだ。挨拶を交わすのは勿論、困った時は、「大丈夫?」と声をかけるのは当たり前。ちょっぴりお節介だけど、それが心地良い。

ここを故郷と呼べる場所にしたい。初めてそう思った。

流され屋
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私を知っていて温かく出迎えてくれる人が家族以外にもいることが、こんなに幸せなことであるということを始めて知った。

この町に引っ越してきて、一週間が経った頃。私は勇気を振り絞って両親にお願いすることにした。

ご機嫌な様子で夕飯を作る母の後ろ姿に声をかける。

「ねぇ、お母さん」
「ん、どうしたの?」

振り返って優しく笑う母と目を合わせて、いよいよ、と大きく息をする。

「私さ…」

紬歌
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この町を「継続特定研究対象」に選んでもらえるよう、私はお願いをした。

「未来連邦支部局にかけあってみるわ」
淡々とした口調だった。きっと母は私の口からいつかこの話が出るのだと知っていたのだ。
「町を好きになるのはいいことだわ。でも、何度も言うようだけれど、注意してね。私たちがこの時代の人々と多くの時間触れあっていると、それは正しい未来を変えてしまう恐れがあることだから」
私は深く頷いた。

aoto'
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やがて、支部局から継続研究の認可が下りた。私は安堵する。もうしばらくはこの町の一員としてここに居られる。しかし罪悪感も少なからずあった。故郷のような愛着を感じるこの場所から離れがたいという思いのみで、私と家族は仲間の振りして引き続き彼らつぶさに観察し、プライバシーに踏み込んでいるのだ。
むくむくと劣等感が頭をもたげる。

「由香ちゃん」
「由香ちゃん」
胸が痛い。所詮、私達は余所者なのだ。

モノ カキコ
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「由香ちゃん!」
右肩の衝撃と視界のブレで、思考から引っ張りあげられる。一度沈み込むと、此処での現実感をうっかり手放してしまう。
「あっ、野坂さん」
野坂さんは所謂お隣さんと言うやつだ。関連性の低い世帯とされている。あまりに近過ぎると仕事がしづらいのだそうだ。そう言うわけだから、私も野中さん家族には気を許していた。
「聞いてた? 大牙が拾ったって言うやつ、見に行く? 多分猫かな」
「平手くん?」

113
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平手家は一本向こうの通りに住んでいる中流家庭だ。長男の大牙くんを含め、三世代に渡ってこの街で暮らしている。
呼び鈴を鳴らすと少し慌しい音がして、やがて引戸が開いた。
「つい見に来ちゃったんですよ」
野坂さんは屈託のない笑顔で話した。
「わざわざどうも。大牙、ミーを連れてきて」
連れてこられた猫は、嫌な予感がしていたが、完璧な猫だった……見た目は。

私たちの時代ではそれを「端末」と呼んでいた。

nanome
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端末と目が合うと、猫の左の瞳がきらりと瞬いた。これが本物の動物と端末とを見分けるポイントだ。

端末が現れたのは私たちがいた未来とこの時代の彼我が曖昧になってきている証拠だ。
研究所から許可が下りても、実際的なタイムリミットは存在する。いずれ未来と過去が混ざりあって正しい時間軸から外れてしまうだろう。

そうなる前に、この端末を使用して未来にある支部局に帰還しなければならない。

けんもち とうる
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結局、私たちが故郷の味を知ることはない。
町に留まればこの時代の人間に影響する。例え小さな波紋だとしても、何人もの断片が結合した時、その認知が世界を壊す。
端末が現れたことを母に話した。町を去ると知った母の表情はいつも柔らかい。
「私たちは故郷を知れないけど営みを見て回る。劣等感に代えても、大衆に分からないことをするのは素敵だと思うわ」
母はそう言って、いつも涙ぐむ私の頭を撫でるのだ。

Joi
- 完 -

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