夢中殺人

眠い。 柔らかなまどろみの中で考えた事は重い。 ふわふわと、軽い羽の様な精神状態で 「彼を殺してしまおう」 遊びの様に殺す。 それは一種のシミュレーションだった。だがそれが現実になる事はない。 人を殺す事はイケナイ事だから。 まだ理性が働いている。 そうして、今日も眠りの海に沈んでいく。 精神崩壊まで:あと17日

Nitro.

12年前

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まだ小さな殺意。 この感情を手なずけられなくなるとき、私は狂うだろう。 夢の中では何度も彼を刺した。返り血を浴びながら、私は泣いていた。 まだ、私は大丈夫。 泣いている私はまだ理性がある。これは夢だから。 彼を殺したい理由はなんだったか。 積み重なる彼への憎悪は発端を忘れさせた。 まだ、大丈夫。 夢の中だけだから。

12年前

- 2 -

それは殺意であり善意だった。 彼を殺すのは、他ならぬ彼のため。そう正当化すれば、私はまだ大丈夫。 嫌がる彼を縛りつけて、一枚一枚爪を剥がす。うるさい口は縫ってしまおう。少しずつ皮を剥がして、濁った眼球は抉り出したら、もう私は彼を憎まずにいられる。 彼のため。 彼のため。 これは夢。 これは、夢だ。

けあき

12年前

- 3 -

彼のため、彼のため。 彼を縛り付けているものをほどいてやり、渇いた口の中に水を含ませてやる。 彼は喉を鳴らしてそれを飲み込む。 安堵の声。助かる、この苦痛から逃れられることができる。 希望に満ちた表情をみると私も嬉しかった。 けれども、逃げるのは彼の為にはならない。 傷口に縫い付けた糸が、座っていた椅子の背に繋がっているから。 彼は勢いよく走り出す。 ほらね。糸が切れちゃった。

aoto

12年前

- 4 -

彼が出て行ったドアを私はただ眺めていた。 追いかけ必要なんてはなから無い。彼は帰ってくる。どんなに痛い思いをしても、彼は結局私の元へ帰ってくる。そう、私にされたことを全て忘れて。 いや、全てと言ってしまうのは少し語弊を生む。 彼は狂っていなかったあの頃の記憶だけは決して忘れない、だからいつも私の元に帰ってくるのだ。 そして必ず彼は言う、 「会いたかった」と......

yura

12年前

- 5 -

私は彼を微笑みで迎えるだろう。包み込むように抱擁して、とろりと力の抜けた彼を、もう一度椅子に縛りつける。 もう見ていられないのだ。 だからこれは彼のため。 彼のため。 彼のため。 彼にも睡眠薬を飲んでもらおう。 一錠、一錠、口移しで。 唇を味わいながら、ゆっくりと。 ぼんやり霞む意識の彼方で、ドアの開く音がした。そして、カレンダーをめくる音。 瞼が開かないまま、なんとなく考える。 あと、何日?

lalalacco

12年前

- 6 -

辺りを見渡せば彼と私の空間が存在していてそれは私達のためだけにあるようなものであり他人の介入なんて全くもって許しはしていないからこそあなたとわたしの最後の楽園であるために構築されたこの場所にはなにもないの空気すらもないのあなたに関わるものすべてが憎いのあなたの心の奥底からわたしという染みが落とされないようにわたしはあなたを染めていないと呼吸困難になるのだけれども本当はころしたいの?ころされたいの?

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──気付けばそれはとっくに夢ではなくなっていた。 彼はもう息をしない。 「カレンダー見るの…忘れちゃってたな…」 蒼白くなった愛しい彼の頬を撫でる。 冷たくて、気持ちいい。 なぞれば赤に染まっていく、まるでキャンバスみたい。 私は彼を愛していた。 彼も私を愛していた。 それだけだったはずなのに。 彼のため、彼のため。 真っ赤に染まった彼をただ見ていた。

ゆき

9年前

- 8 -

いつも聞こえていたドアを開ける音が、今朝はなかった。 カレンダーはめくらない。もう、めくる必要がない。 丈夫な紐を、首に巻く。 彼のため、彼のため。 全ては彼の、ためだった。 彼のため、私のため。 私のため?いや、彼のため。 彼に会いたい。 そんなこと思ってはいけない。わかってる。 でも──。 彼のため。 椅子を蹴った。 パサリ。 ──静かになったその部屋に、カレンダーが1枚、落ちた。

続木

9年前

- 完 -