殺してみよう

「人を殺す時ってどんな気分なんだい?」 「真新しい靴でゲロを踏んづけた気分さ」 リックは向かい側のフランコの店の入り口から目を離さず答えた。 「つまり最低ってこと?」 「少なくともクラッチタイムにシュートを決めたような気分じゃないね」 ボスはなんだってこんな煩いガキを付けたんだ。 次こいつが何か言ったら、鼻の折ってやるとリックは決めた。 早く仕事を終えてジェニーと楽しもう。 標的はまだ来ない。

- 1 -

「それにしてもゲロとはね!」リックは鼻を折ってやろうと振り向くと若造が煙草に火を付けていた。「おいやめろ!」リックは戸惑い顔の若造の口から煙草を抜いて踏み潰した。「煙草は暗闇では目立つんだよ!お前が標的になりたいのかこの間抜け!」 出来るだけ小さな声で怒鳴ったのと車がフランコの店の前に停まったのが同時だった。 あの車はリックが売ってやったものだ。 奴は今だに俺をただの車屋だと思ってるに違いない。

Rioja

12年前

- 2 -

背丈。顔。帽子。眼鏡。奴だ。間違いない。 「間違いない」 間違いない。奴が車を降りて店の扉の中へ消えるわずか数秒の間に、リックは幾度も確認を重ねた。 「ギース。作戦はわかっているな。俺が奴と接触し隙を作り、お前が強盗を装い店を荒して奴を撃つ」 「わかってるって」 リラックスしたような口調なのは無理に平静をつくろっている証拠だ。 「あー。人を殺せるなんて楽しみだ」 真新しい靴が汚れるまで、あと数分。

Jiike

11年前

- 3 -

店の奥に座った標的は、両脇に娼婦をはべらせ、豚のように笑っていた。俺はひとまずカウンターに座り、ピクルスを注文する。大仕事の前には必ず頼む代物だ。臭いはちときついが食い物と女は、やはり熟れた頃が一番うまい。一掴みで一気に頬ばり、それから標的に接触すべく席を立った。 しかし、次の瞬間、俺の体は固まった。背中に突きつけられた冷たい感触。 どうやら俺が踏んだのは、ゲロではなくヘマだったようだ。

aprico

11年前

- 4 -

標的は、女の肩や腰を抱いて、ゲラゲラ笑っている。 店主のフランコや、顔なじみの店員は、みんな何事も起こっていないような素知らぬ顔だ。畜生。 「両手をあげて、こっちを向け」 聞き覚えのある声、いや、あるどころじゃない、昨日も、今朝も聞いた声が俺の後ろから冷徹な調子で命じた。 俺は、首筋にわき出る嫌な汗を感じながら、ゆっくり振り返った。 俺より15cm下から、見慣れたグレーの目が俺を見つめていた。

- 5 -

勤続年数40年の刑事がそこに居た。 選りに選って、定年後も警察署で働いてるジェニーの父ウォルターだ。 俺の慌てた顔を見ると、彼はニヤッと表情を変え、豪快に笑い出した。 街に出る度にコレをやられる。しかも、所構わずだ。 怒鳴りつけたい衝動に駆られるが、すぐさま ジェニーの静かにキレた顔が浮かぶ。 「リック!久しぶりだな!たまには遊びに来い!」 あはは・・・はは・・・乾いた笑いが出た。 標的は?

11年前

- 6 -

辺りをキョロキョロ見渡すと、先ほどからさほど変わらない位置に標的は座っていた。 ホッとしたところでウォルターが「誰か連れがいるのか?」と聞いてきたが、俺は完全に無視を決め込んだ。しばらくすると彼は店を後にしたので、俺はようやく仕事に集中することが出来た。 そして、標的はトイレにでも行こうとしているのか席を立って女達から離れていったので、俺はチャンスだと思い酔っ払いを装って激しくぶつかってやった。

- 7 -

よろけた標的に手を貸して、さりげなく狙いやすい位置に立たせる。直後、店の扉が開いてギースが現れた。タイミングは上々だ。 さあ、やれ。撃て。 だがギースは撃たなかった。奴はウォルターに腕をひねり上げられていたのだ。 「フランコ、外に小便臭い強盗が突っ立ってたから捕まえといたぜ」 最悪だ。あの若造が口を割れば俺までブタ箱行きになっちまう。思わず上着の裏に手を入れてリボルバーを握る。 さあ、どうする。

hayayacco

11年前

- 8 -

そのとき標的がドアに向かって走り出した。一瞬のことだったが彼が俺の横を駆ける際真っ青になっているのが見えた。ウォルターは本当に優秀な刑事だったようだ。ギースを放り出すと標的をがっしと捕まえた。 「よう、気がつかなかったぜ。お前さん密売者じゃねぇか」 標的は焦ったように視線を泳がせていたが、逃亡不可だと悟ると抵抗をやめた。 彼はどうやら麻薬密売者だったらしい。 結局俺たちの殺しは失敗だったわけだ。

そらき

11年前

- 完 -