地下のお菓子売り場はOLや女子学生たちでごった返していた。それぞれの店が個性あふれる特製チョコの華やかさを競い合っている。来週に控えたバレンタインデー。今週末はそのギフトをゆっくり選ぶ最後のチャンスなのだ。 桜子はかれこれ売り場を三周はしているが、なかなか決めることができなかった。彼は甘いものは好きじゃないかな、トリュフはどうだろう。かわいすぎるラッピングは逆効果、大人っぽいのもありきたり‥。
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これはどうかと思うものが見つかっても、すぐにそれを打ち消すような考えが浮かんでくる。 このブランドチョコは…値段の割に味がイマイチ このチョコは…子どもっぽい 悩みすぎてちょっと気分が悪くなってきた頃、何年か前の丁度この時期、短期でアメリカに留学した時のことを思い出した。 バレンタイン当日は、みんな花束を片手に帰路を急いでいたのだ。 「花束かぁ…」
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モテる彼のことだ。当日は両手はチョコでいっぱいかもしれない。そこで爽やかに花束を渡す私。色は重くない白か薄い黄色。男性が持っていても恥ずかしくないような、軽いシンプルなアレンジ。甘ったるいチョコの香りにげんなりしていた彼は、高原の香りを吸い込み、私を見つめこういうのだ。 君こそぼくをわかってくれている人だね、もしよかったら僕と...。
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ないない。 桜子は頭を振り、浮かんできた妄想を打ち消した。 「にやにやしながら頭を振ってると不審者と思われて通報されるぞ。好きなヤツにチョコをあげたら、逆告白される妄想でもしてたんだろ。」 突然背後から声がして、頭を小突かれた。 「どうせしょうもないヤツにチョコあげてもふられるんだから、オレにしておけよ。」
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桜子が振り返ると、立っていたのは同学年の健人だった。 「なんだ、ケントか。義理チョコほしいなら、考えてもいいよ?」 「冗談だよ、本気にすんなって。オレは麻衣ちゃんからもらいますから」 健人が学年一の美人の名前をあげたので、桜子は吹き出した。 「はいはい。で、ケントなんでこんなとこにいるのよ」 「ねーちゃんに、会社で配るチョコ買うの頼まれちゃってさ。男目線で、オヤジが喜びそうなの選んで来いって」
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「男目線か。それって大事かもしれないね…」 桜子はつぶやいた。 「ん?」 「ケント、私のチョコも選んでよ。自分が貰ったらうれしいと思うようなの!」 「えー、マジで。いいけどさあ、知らないよ、責任とれないからね」 「おねがい、一緒に回って!」 こうして4週目のお店巡りが始まった。
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バレンタインの当日、桜子は彼に電話した。「あのさ、授業が終わったら時間ある?」「ん?夜は予定があるからそれまでなら」どんな予定か気になったが、考えても仕方ない。「じゃ、チャペル前で」桜子たちは、いつも待ち合わせに学内のチャペルを使っていた。 授業が終わり、チャペルに向かって歩いていると彼が立っている姿が見えた。なんて言って渡そう。鼓動が早くなるのを感じた。 今日は思い切って告白しようと決めていた。
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最終的にケントが選んだのは、豆粒ほどのチョコがパネル状に並んだ箱だった。計81個のチョコが整然と並ぶさまは、なるほど理系男子が好みそうだ。桜子がそう言うとケントは笑った。 「実はこれ、マインスイーパになってるんだ 。パソコンによく入ってる爆弾探しのゲーム。これは爆弾の代わりに、ILOVEYOUの文字のどれかがひとつずつ隠れている」 少し変わったところのある彼にはぴったりだと桜子は思った。
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「これ」チャペルを背に桜子はチョコを手渡した。 「サンキュ」 「マ、マインスイーパなんだよ」 「俺約束あるから」 彼は遠くに見える女性に手を降ると足早に去っていった。桜子の目に入ったのは彼と腕を組む麻衣だった。 「だから言っただろ」ケントは言った。「あんな奴にお前の気持ちのありかは見つけられないよ。もう一つ買ってきな。俺が見つけてやる」 「初めからそうすればよかった」 桜子は涙を拭って微笑んだ。
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