ゴリラっているだろ?ゴリラ。あいつら凄く凶暴なイメージがあるだろ?でも本当は心優しい動物なんだ。人間がゴリラに危害を加えるからゴリラだって怒る訳さ。それで凶暴なイメージがついてしまった。いや、実体を知らないってのは良くないね。彼らにそんなつもりが無くても一度ついた汚名というのは中々払拭出来ないもんさ。これはゴリラに限った事じゃない。人間にも然りだよ。だってみんな初見のイメージで決めちゃうんだから。
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そんな熱弁を振るう河田くんは、ゴリラに似ていた。と言うよりも、ゴリラそのものだった。無論学校でのあだ名もゴリラ━━にはならず、何故かゴッツと呼ばれている。あまりにもそのもの過ぎて、遠慮してしまったのかも知れない。 僕は河田くんの熱弁を聞きつつ、昼食のモダン焼パンを頬張る。チーズがふちからポトリと落ちた。食堂のおばちゃんに見られていないとイイな……
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「でさぁ、ゴリラってさ」 河田くんはしらけだした僕に構わずゴリラについての話を続ける。 「自分のせいでほかの動物が死んじゃうと寝込むんだって。本当に優しいのな、ゴリラって」 さすがにここまで語るところをみると、自分のあだ名の意味を知っていて、俺はそんなお前らのイメージのゴリラとは違うんだぜと遠回しに主張してるように思えてくる。 河田にそんな気はなさそうだが、こういう勝手な推理をしてしまうのが僕だ。
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「だから俺、ゴリラ好きなんだよ。動物の中で一番」 オマエはそれを純粋な気持ちで言っているのか。それ以外に別の意図があるのだろうか。 ごめん河田。俺にはオマエが自惚れているようにしか聞こえないんだ。 「人間より、好きかもしれない」そう付け足した彼(通称:ゴッツ)に俺は無意識に白い目を向けてしまった。 ああ、すまん。そうだよな、オマエは【ゴリラ】が好きなんだよな。ただ純粋に。
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「へぇー、そうなんだぁ」 と言いつつも、そろそろ河田のゴリラ話に付き合うのがしんどくなってきた。 「でもさ、実際どうなの? ゴリラじゃなくてさ、普通に、好きな女子とかいないの?」 「えっ……」 ゴリラ顔が、ぽっと赤くなる。 「えっ? なになに? いるの⁉︎」 「……」 なんだよ、結局好きな女子いるんじゃねーかよ。 …って、そりゃそうか。いくらなんでも、メスゴリラに恋はしないよな。
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さっきとは打って変わって黙りこくった河田に俺は思わず言ってしまった。 「気分を害したらごめん、まさか恋愛対象ゴリラじゃないよな?」 「…」 河田の顔は真っ赤だ。 「嘘だろ…」 少しの沈黙の後、河田は何故か立ち上がり、 「冗談きついなー、いくら優しくてもさすがに俺はゴリラなんてー」 そう言った矢先、 バサバサと何処に隠し持っていたのか本が落ちる。 『絶対叶う♥︎ゴリラの婚活成功法』
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河田は今度は真っ青になった。 俺は「いや、あんのかよこんな本」とそっちの方に驚いた。 河田の話によると、幼い頃彼はアフリカに住んでいたらしい。ある日ジャングルで怪我して泣いていた所にゴリラが現れて優しく接してくれたのだそうだ。 凄い展開だが… 「俺の頭を撫でて、さらにおぶってくれたんだ。俺、物心ついた時には母さんいなくてさ。だから、もし母さんがいたらこんな感じかなって」
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「その話を父さんに言ったら」 「言ったら?」 「そのゴリラは本当にお前の母さんかもしれないって」 凄い展開がさらに凄くなってきた。 これ以上聞いてはいけない。聞いてしまったら最後、俺は何か大きなものを背負って生きていかなければならなくなる気がする。よく分からないけど。 「僕、人間として育てられたけど、本当は…」 やめろ、やめてくれ…! ──その時、昼休みの終わりを報せるチャイムが鳴った。
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「ま、まあ、この話はまた今度にしようぜ」 俺は慌てて席を立った。不機嫌そうなゴリラの顔が、いや河田の顔が目の端にちらと映ったけど無視した。 いやしかし、たとえマジもんのゴリラでも友達は友達だしな。次の日曜、動物園で河田の彼女探しに付き合うのも悪くないな、なんて思い始めた頃、 「ゴリラの握力って500kgなんだってさ」 友人のタイムリーな話題にも気付かず、俺はただ抜けるように青い空に目を細めた。
- 完 -