血のように赤い花を、貴女の傍に。

殺人事件。 それは僕にとって甘いスイーツみたいなものだ。 死体を凶器や血痕、証拠品が飾る。もっともっと甘美な人の愚かさを喰らいたくて、僕は刑事になった。 「…綺麗。やっぱ銃殺好き。」 僕は先輩女刑事の長峡に引っ付いて死体を見る。マンションの一室で銃殺という、非日常な光景。 「馬鹿、何が綺麗よ。あと引っ付くな八坂」 八坂っていうのは僕の苗字。 「血が花みたいになる。」 そう言って血痕を指差した。

rin@rinn

13年前

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確かに血痕は花の形で縁取られていた。まるで型を使ったかのように、薔薇の切り絵みたいになっていた。 ”僕好みの事件だ”唾を飲んだ。 「さて、現場検証を始めていくわ」 先輩が指揮をとり、犯人の身元、死因、死亡推定時刻、現場に残る不自然な点が検証された。 「犯人の身元は河原咲秋桜、二二歳女性、アンジュというケーキ屋の従業員です。死亡推定時刻は半刻前になるようです」 「八坂! ちゃんとメモしてる?」

aoto

13年前

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僕は先輩の長峡を無視して、被害者に熱中していた。 「ひさびさに被害者の無念さが伝わる事件だ。長峡先輩。やる気がみなぎってきたよ。」 「相変わらず、いい度胸してるわね。八坂。この私を無視するなんて。」 長峡は呆れた表情で僕を見つめている。鬼刑事の熱い拳が飛んできそうだ。 「………元殺人犯が長峡刑事の相棒なんて。お偉方もどうかしてるよ。」 同僚の刑事が呟いたのを僕は聞き逃さなかった。

hamadera

13年前

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「蛇の道は蛇、餅は餅屋。人を殺した人間でなきゃ分からない事だってあるよ?」 くるりくるりと回した人差し指で薔薇の血痕を示す。汚いものを見るような同僚刑事の視線なんて、この甘美な光景の前では気にもならない。でも、一つ引っかかる。 「何で、薔薇かなぁ」 「どういう意味、八坂」 「だって、彼女の名前は秋桜だよ。僕なら血を少し薄めてピンクの秋桜を描くね」 ニコリと笑うと同僚刑事の顔が引きつった。

かえで

13年前

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「第一、今の日本で銃殺なんて手間がかかりすぎると思わない?」 だからこそ好きなんだけれど。 女性一人殺すならもっと簡単な方法がいくらでもある。秋桜を綺麗に描くなら刺殺がいい。鋭いナイフが繊細な花弁にぴったりだ。 そこをあえて銃殺にした理由があるはず。それも、薔薇の花を咲かせるために。 「薔薇なんて、キザな優男の花束ね」 「貰ったことがあるんだね、長峡先輩」 「うるさいわね、検証を続けるわよ」

lalalacco

13年前

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検証を続けるといろいろなことがわかってきた。 秋桜に、彼氏がいたとか、ケーキ屋の看板娘で誰にも嫌われなかったとか。 一番は河原咲秋桜に、ストーカーがいたことだろう。先輩は、さっきから『ストーカーが犯人よ!』としか、言っていない。 でも、僕は考えた。 すきな人を見ていることしかできない人間が、薔薇を咲かせようと思うだろうか? ストーカーなら、秋桜とか、百合とか可憐な花を咲かせようと思うのではないか?

しゃろ

12年前

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「長峡先輩、薔薇の花言葉、知ってる?」 「確か、愛情だったわよね」 「普通の薔薇はね。でもこの血の様に赤黒い薔薇は違うんだ。花言葉は、『死ぬまで憎む』。ピッタリだと思わない?」 「な、何がピッタリなのよ…」 「もう死んでる仏さんの横にそんなメッセージ残すなんて、どんな怨みなんだろうねぇ」 「長峡刑事!非常線張り終わりました!」 「ご苦労様。犯行から15分だから、捕まるのは時間の問題ね」

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「ねぇ先輩、今犯行から15分って言ったよね。検死の結果は半刻前だったのに、何で?」 「えっ?それは、その…」 先輩の目は、僕と同じ人殺しの目だ。昨日までそんなことはなかったのに。 「殺ったの?」 先輩は答えない。 「動機は仇討ちってとこかな?確かこの人、先輩のお兄さんが殺された事件の容疑者でしたよね」 先輩は唇を噛んでいる。可愛いなぁ。虐めたくなっちゃうよ。 「でもね、人違いですよ」

闇川武春

12年前

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「この人は、お兄さんの恋人じゃない。」 真っ赤な薔薇を見つめる僕の耳元で、金属が重い音を立てた。 「そうね、でも、遅かった。」 先輩は、叫ぶように言う。 僕は、目を伏せる。 「…大丈夫。最高に美しく、葬ってあげる。」 静かな夜を引き裂くように、銃声が響いた。 「…はい、先輩は僕の目の前で…、え、リンドウが一輪?なんでしょうね…」 青い花弁は今日も、 噎せ返るような甘い香りを放つ。

らいむ

12年前

- 完 -