起きるとそこは別世界。 よくあるパターンなどと思わないて下さいな。ええ、たしかに作者にとって作りやすい話しのネタですが… 深ーい井戸があったのです。月の光がゆらゆらとゆれ、まるで月が落っこちてきたような光景でございました。私はフラフラと魔法のかかったようなその井戸をのぞきこみました。すると私は吸い込まれるかのように井戸にぽちゃんと落ちていったのです。ああ、私はなんとまぬけなのでしょう。
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しかも普通の物語ならば、ここで一度は意識を失うなり、渦巻く水の流れに飲まれるなりする事でしょう。 ところがどっこい。この物語はそうでは無いのです。 私は普通に井戸の底で尻餅ついて、全身をびしょびしょにしていたのです。見上げれば井戸の口に真ん丸のお月様が笑っていらっしゃる。 そして、正面に目を向けると… 【BAR井ノ口】という看板とドア。 何の冗談と思いつつも、私はBAR井ノ口のドアを開いたのです。
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そして、普通ならそこには、マスターがいてJAZZか何らかのBGMが邪魔にならない程度に流れ、隠れ家的存在のBAR。会社帰りのサラリーマンや恋人達がグラス片手に話しをしたり時には笑いが声が聞こえたり... してないんだ〜 だ〜れもいない。 私は、濡れた服も何とかしたいし、一応声を掛けてみた。 「こんばんは」 「・・・」 「すみませ〜ん」 「はい、はい」 も〜誰か居るじゃない!
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「すいません、びしょ濡れなんですが入ってしまいました。」 私は声がした方に向かって話し掛けた。部屋は真っ白くて、BARというより美術館の入り口にいるような静かな空間だった。 すると、奥から 「今、手が離せないので、そのまま お好きなところへお座り下さい。」と声がした。 言われるまま適当に座った。すると目の前に 「触るな」と紙が貼られたオルゴールのような白い箱が置いてあった。
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触るなと言われれば、触りたくなるのが人の性と云うものでしょう。 しかも、箱は目の前にあるのですから。 私はマスターが此方を見ていないか確認してから、その白い箱にそっと触れてみました。 「げっ‼」 何とも嫌な予感がして、私は自分の手を見てみると、指先には白いペンキがべったりとついているではありませんか。 私の奇声に驚いたマスターが急いでやって来ました。 「すみません。触ってしまいまして…」 すると、
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「おやおや、触ってしまったんですか?…まぁまぁ、別にいいんです。」 マスターは別に怒っていなかったので、私は胸を撫で下ろしました。 マスターは、私の指の指紋がくっきりとついた白い箱を気にしながら、私に話しかけました。 「ーご案内しましょう。」 私の濡れた服を着て重くなった身体は、スタスタと先を行くマスターに追いつこうと小走りになっていました。 「着きました、こちらです。」 そこに広がった風景は、
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BARの奥に用意されたVIPルームでした。VIPルームには多種様々な洋服が用意されており、私はその中の一着を選んで着替えたのです。普通ならば、まるで夢を見ているようなこの特殊な状況下では、理不尽にも衣服を着替えることを許されないものだったりするのですが、私はあっさりと着替えることが出来たのです。 マスターはVIPルームに飾られているオルゴールには話題を触れず、窓から月を眺めるように勧めたのでした。
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ん?私は井戸の中に落ちたのではありませんでしたか?と不思議に思いながら、まあ窓の外を覗いてみたわけです。するとなんとそこには一面のお花畑と海、そして輝く月が、 ええ、ありましたよ。 「でもこれ絵ですよね。」 「ははっ、さすがお目が高い」 「…あの、すいません。どうすれば井戸から出られるのでしょうか?」 するとマスターはにっこりと笑いました。 「そちらに縄梯子がございますよ。」
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全くとりとめのない夢のような世界だなぁと、このまま出て行くのは少し心残りの様に思いました。 そんな私の心を見透かしたかの様にマスターは言いました。 「一杯、如何です?」 そう言って取り出したのは不思議に光る七色のアルコール飲料でした。 甘い香りと、すっきりとした飲み口に一杯が二杯と進んでしまい、とうとう何杯飲んだかわからなくなってしまったのです。 遠くでオルゴールの音が聞こえます。
- 完 -