ロープフープの懐胎

空から降りしきる灰が、母の死体に積もって行く。傘をさした冬吾は涙を流しながら心が落ち着くのを静かに待った。母が埋まり切ったら出発しようと決めた。この街に生きている人間は、彼一人しか残っていない。 水平線まで重く暗い雲が続く。灰が混じった海は粘り、波が灰を繰り返し寄せて、砂浜は少しずつ汚れていった。 残った食料と水をリュックに背負い、海風に煽られながら冬吾は歩き出した。まだ人のいる街を求めて。

Benny

13年前

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何もかも失った。 母も、恋人も、兄弟たちも、友人も、そして生まれ育ったこの街さえも。 全てを包み込み、全てを消費してゆくこの「灰」によって、だ。 絶望とはこうも唐突で、慈悲のないものなのか。自分にはそれに対する備えも、理解のしるべとなる欠片さえも与えられていない。 そうであるからこそなのか、不思議と自分の中に芽生えたものを信じることに違和感がなくなっていた。 今まで感じることのなかった、この感情。

yoshihu

13年前

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「希望」だ。 ほんの僅かではあるが、確かにある。 およそ全てを失ってしまった世界は今、灰色に染まっている。黒でもなく、白でもない。 だから冬吾は歩き続ける。今、闇にも光にも届かないこの世界を知るために。 鈍くうねる海を横目に、どれくらい歩いただろうか。その街が視界に入る。 「大丈夫、きっと…」 冬吾は自らを奮い立たせ、歩みを進める。

13年前

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海辺の街だった。 海岸に沿って同じような白い家が立ち並んでいる。どの家も、海に面した方には小さな裏庭があった。 花壇が作ってあったり、灌木が植えてあったり、犬小屋やブランコが設えてあったり。 けれど、そこに生き物の姿はない。植物にもわずかに枯れた枝葉が残るのみで、重い灰が降り積もっている。 立ち並ぶ家並みを端まで来ると、そこにぽっかりとターミナルがあった。 冬吾は呟いた。 ……駅だ。

leisai

13年前

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誰か居るかもしれない 淡い期待を抱きながら 冬吾は駅へと近付いた 駅はほぼ廃墟と化していた。電車のレールは降り積もる灰で見えなくなっていた。 灰色の海に ホームという船がぽっかりと浮かんでいるようだった 冬吾は更に近付いてみた そして驚きのあまり はっと息を飲んだ。 黒のワンピースを着た小さな女の子が 古ぼけたベンチにぽつんと座っていた 「トーゴ」 冬吾に向けて指を差した 「サイゴノヒトリ」

ream

13年前

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こわい。 冬吾は思った。 怖い。恐い。こわい。 「…どうして俺の名前を知っているんだ?」 漆黒の少女にたずねる。悪寒はまだ止まらない。この恐怖は、本能からの恐怖だ。この少女はキケンだ。

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「ソレハーー」 漆黒の少女が小さく口を開いたとき、駅の遠く向こう水平線の彼方から一筋の光が僕らを照らした。 漆黒の少女ははっと気づいたように、僕の手を引っ張った。 「ノル!」 「え? 乗る? 何にーー」 僕の言下に少女はこの世のものとは思えない腕力で、僕をレールの上に投げた。 一筋に過ぎなかった光が僕の視界を僕の世界を蔽った。 気づく。そこが電車の中で僕はシートに腰掛けていた。 「やあ」

nezumicyan

13年前

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やぁ、なんて拍子抜けした言葉だろうか。 僕はあっけに取られたまま、「やあ」も一度繰り返す。 外は何時の間にか暗くなっていた。 風景は光の渦、家々の明かりがともっている。 どうしてこの街に僕の居場所は無いのだろう。 流れる車窓から見えるのは、高級住宅街の明るい家々。 また自分とは別世界だ。 一体自分の居場所は、この世の何処にあるのだろうか。 それともこの世界には無いのかもしれない。

バーバラ

13年前

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外がまた、闇に飲まれた。 「タノシイ?」 反対側の座席から声が……あの、黒のワンピースの子だ。 「コンなセカイ、たのしイ?」 拾った声が揺れている。見開かれた目から頬に描かれる直線。泣いて、る。 「居場所があれば、一人じゃなければ、楽しいだろうね」 前の方の窓から、目に突き刺さるような光が迫ってくる。どうやら電車は闇を抜け、る……ら…… 「元気な男の子ですよ」 「始めまして、冬吾」

sir0m0

13年前

- 完 -