わたくしは古びたシャーペンです。ある女子高生のペンケースに入っている、古びた1本のシャープペンです。 最近では芯がクルクルと回るものだとか、手が疲れにくいものだとか、色々なものがあるようですけれども、恥ずかしながらわたくしはごく普通の、ただのシャーペンですの。 女の子は、いつもわたくしを握って勉強をしていましたわ。ノートに板書するとき、試験を受けるとき、いつでもわたくしと女の子は一緒でした。
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しかし、ある時わたくしはペンケースから出なくなりました。わたくしはいつまた出してもらえるのかそんなことばかり考えていました。わたくしはペンケースの奥深くで長い時間を過ごしました。何日、何ヶ月たったことでしょう。わたくしはペンケースから出ることができました。だがそれもつかの間のことでした。わたくしは何やら紙切れに包まれゴワゴワした所に放り出されました。わたくしは捨てられたのだと知りました。
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何故わたくしは捨てられたのでしょう? わたくしは、何か悪いことをしたかしら? 考えても考えても、答えは出てきません。 昔は、あんなに大事に使ってくれたのに。 その温もりは、もう残っていません。先程少し触れた女の子の手はとても冷たくなっていて、あの温もりはもう何処にもありませんでした。 わたくしの役目は、これでお終い。 少女の未来を見ることは、二度とできないでしょう。 そう思うと、悲しくなりました。
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ごくごく普通シャープペン、少女がなけなしのお金で買ってくれた事を今でもよく覚えています。 お店で手にとってくれたあの日から、手紙、落書き、メモ色々と書きましたね 芯が頭に詰まった時に必死に取り除いてくれたり、授業がつまらなくて手のひらでクルクルされて目を回して床に落ちてしまった事もあります。 無くしたと泣きそうになったあなたのそばに転がって当たったのはわざとなんですよ。 覚えていますか?
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もしかしたら、わたくしを持ち合わせていること自体が、恥ずかしくなったのかもしれませんね。 女の子も、もう年頃。 可愛くて最先端のアイテムで身の回りを揃えることが、何よりのステータスな時期でしょう。 周りの子に比べると、ずいぶん物持ちのよい子でしたからかえってそれが冷やかしの的になってしまったのかもしれません。 致し方ないのでしょう。 でも── でも、わたくしは もっと一緒にいたかった。
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「あんた…泣いているのかい?」 どこからか、そんな声が聞こえてきました。 誰なのだろうと思って紙切れから出ますと、汚れたロボットのおもちゃがわたくしに近寄ってきました。 「あんたも捨てられたのか。俺達と一緒だな」 そう言ってロボットさんはわたくしの頭を撫でて下さいました。 「落ち込むでないよ。まだあんたは一人じゃないんだ。…一本か?」 薄紫色のハンカチさんも声をかけて下さいました。
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「違うのです」 気持ちがあふれてうまく言葉がでない。 「違うって?なにが?」ロボットさんが聞く。 「捨てられたことが悲しいのではないんです。あの頃に戻れないことが、あの子にもう会えないことが悲しくて・・・もう一度だけでもあの手に使ってほしくて仕方ない、です」 古くなった自分の体なのに、すぐに調子が悪くなるくせに、思いだけは新鮮に溢れ出てくる。 「本当に愛されていたんだな」 薄紫ハンカチさんが言う。
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「俺もそうだ。もうロボットで遊ぶような年でもないのに」 「この生地も随分擦り切れたな」 ロボットさんもハンカチさんも寂しそうに、それでも少し嬉しそうに笑い合いました。 そこへ、大きな揺れがわたくしたちを襲いました。捨てられるんだ、ゴミ処理場に行くんだと誰かが口々に言いました。わたくしたちはいよいよかと身構えました。 ところが、揺れは静まりました。そしてそのまま、何年もの長い月日が過ぎたのです。
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「ママ、この箱なあに?」 わたくしたちはずいぶん長い間、暗い場所にいたようです。木製の箱でしょうか、わたくしたちはそこにいたようです。 陽の光がさしこみ、小さな手でわたくしたちは久しぶりに明るい場所に出られました。 小さな手の中でわたくしとロボットさんは、気がつきました。この手を、似たような手をわたくしたちは知っている、と。 「ママの宝物。捨てられなかったの」 懐かしい優しい声に再会できました。
- 完 -