黒猫招来

彼は、私が人の悪口を言うのを聞くのが好きだった。 嫌なやつ。 でも、悪口を進んで聞いてくれる人間なんていうのもそうそういないわけで、私はしばしば彼に悪口雑言をぶちまけた。彼はいつも、私が悪口をまくしたてるのを面白そうに眺める。

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「君という人間は変わっているね。よくもそう、人の悪いところばかりに気がつくね。実に面白い」 ニヤニヤしながら彼は言う。 「何、性格が悪いっていいたいわけ? あんたの方がずっとひどい性格してるよ」 「いやはや、これは参った。その舌は一種の才能といっていい」 反対に、彼は私が挙げた悪口雑言を片っ端から人の長所へと変えていった。 短所も長所も紙一重。 捉えようによって見方は変わるものだ。ホント嫌な奴。

aoto

10年前

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「あの人、人の悪いところ影で言うのよ。間違いを直接言わないで、周りにバラすとか酷すぎると思わない?」 「直接いうのははばかられるんだろ。優しさの表れだよ。君だって僕に言ってるじゃないか。すっきりしたかい?」 イラッとさせる訳ではなく、たしなめるような言い方。嫌な奴だとは思うけど、嫌いな感じじゃない。 彼は絶対に悪口を言わない。というか、人の話すらしない。 人間に興味がないのだろうか。

Dangerous

10年前

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彼は猫ばかり眺めている。 いつも人をからかうようなイタズラな顔をしているのに猫を可愛がっている時だけは、ほんの少し頬が緩んでいるのを私は知っている。 猫もまた彼に懐いていて家にいる時も外に出かける時もついくようだった。 「あんた、猫好きね」私が呟くと 「そりゃあ、当たり前だろう。猫は自由気ままで他の奴らの悪い所なんか気にしないのさ」 誰かさんと違ってと言いたげなニヤニヤ顔で彼は言った。

ひよこ

10年前

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「そうね。私は他の人の悪いところしか気にしないからね。いつもこんな人間の相手ばかりしてたら、猫に癒されたくもなるよね」 どうせ何でもいいふうに捉えて、怒るということをしない相手だ。わざと嫌味な言い方をしてやると、彼はニヤニヤ顔のまま、猫のよさは他にもあるよとつけ加えた。 「正直なところさ。猫は、嫌いなものに我慢して擦り寄ったりはしない。君も、自分の気持ちに正直なところが猫に似ているよね」

misato

10年前

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「あんたは」 ──癒されたくないの。 言葉を飲み込む。これは私らしくない言葉だから。それじゃダメ。彼の反応がいつもと違うのは。 「君はやっぱり正直者だね。言葉にしなくても、ほら」 彼の指が私の頬を伝うものに触れた。 「猫も鳴き方で人間にアピールするだろう。君は我慢をしようとしなかった代わりに、僕に擦り寄って、でもどうしたらいいかわからずに」 彼はそう言いながら私の頭を撫でる。猫にしてさかたように。

9年前

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そうしてもう一度、彼の指が頬へ伝って顎に触れた。 「本当に分かりやすい癖に、読めないんだ」 猫を愛でるように丁寧に、幾度か顎下を撫で上げる。 「君はその口の悪さが短所だと思っているようだけど」 そのまま私の顎先を持ち上げる。近付く彼の顔を認識した時には既に私の唇には彼のそれが触れていた。 ぽかんとした間抜け面の私から、ゆっくりと離れた彼はいつものように笑う。 「それが愛しいと思う男もいるわけだよ」

12unn1

8年前

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「あんた自信過剰なんじゃないの? 私が拒絶するとか考えなかったの?」 「ああ、考えてなかった。猫は嫌いなものには寄ってこないから」 だから、私は猫じゃないと言うのに。何も言葉が継げず、憤りと動揺と、言葉にならない感情で爆発しそうになった。大袈裟に見えるように、くるり。踵を返す。 「おや、逃げられそうだ」 ふん! と、荒い鼻息を置き土産に、私は彼と猫たちの溜まり場を出た。なるべく大きく靴を鳴らして。

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悔しい。いや、それだけじゃない気がする。なんなのこの気持ち。 彼は意地悪だ。こんな短所だらけの私でも、愛しいだなんて。 「愛しい……?」 テレビのコンセントが抜け落ちたように、思考が止まる。 愛しいって、どういう感情だっけ。 考え出すと急に暑くなってきた。風を感じる為にも、全速力で彼の元へ走る。 「おかえり」 猫を愛でながら彼は言う。 「私は──」 うん、と優しく頷く彼。自分の横へ手招く。

ゆりあ

8年前

- 完 -