アフリカ象と皇帝ペンギンが踊るとき

早朝。天井からぶら下がった父に「行ってきます」と声をかける。 どんな時でも挨拶は大切。 道端にはアフリカゾウに職質している警官。 朝から大変である。 軽トラの荷台には純白のドレスに身を包んだ父が…あれは何をしてる? まあいいか。 旧式の携帯の電源を入れると軽トラが吹き飛んだ。ドレスは赤に変わる。 かける番号はやっと覚えた110。 「すみません。ピザの注文よろしいですか?」

こん

11年前

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「今すぐ伺います」 そう言って、通話を切られた。 瞬きをすると、目の前には、白い父がいた。 またこんなところで何をやっているのだろう。 横断歩道を渡った。地面から生えている父を左足で踏みつけた。 ここは確か私の勤める会社。 やはり、すれ違う人には挨拶を。 私の歩くあとは全て灰になる。 そんなことはどうでもいい。 携帯を開く。 「ピザはまだか?」

長野林檎

11年前

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もう少々お待ちください、と携帯から声が届く。携帯から目を離すと、外にいるペンギン達は留まっていた電信柱から一斉に飛び去っていった。 ピザを待つ間、私は旅行土産の父を共に働いている同僚達に配ることにした。余りに買いすぎたため一人三個分もあるが、そこは強引に押し付けることにする。皆の反応が楽しみだ。 そうニヤニヤ笑っていると一瞬天地がひっくり返ったが、すぐにまた何事もなかったかのように元へ戻った。

11年前

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そこでピザが届く。 美味しそうな青いピザ。いい匂いだ。 ん? 「トッピングの父が入ってない!」 あれがないと、午後の仕事で殺される。慌てて携帯のボタンを押す。パソコンが砕けた。 「ピザが間違っている」 そう言って電話を切ると、ピザの中から店員が出てきて、父を振りかけてまた消えた。 そういうことか。 帰り道、マンホールから顔を出していたワニと戯れていると女が話しかけてきた。

Dangerous

10年前

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「お、お父さん!?」 女性の声の酸化還元反応により、私は離陸。 シートベルトをしめ忘れたので、アフリカゾウの免許証と私のピザ屋のポイントカードを交換されてしまった。 あの警官も見かけによらず爬虫類だな。 そこまで考えた頃、すでに私はベテルギウスを間近に眺めていた。 そういえば高校時代付き合っていた父はこのへんのアパートに住んでいたっけ。 思い出すと腹が立ち、黒電話を投げ飛ばすと、あれ、燃えない。

と り

10年前

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気づくと水星(Mars)に降り立っていた。 私以外の乗客は皆手に手に父を携えてどこかへ散ってゆく。私はピザを食べてしまったので父を持っていない…。しかし金属探知ゲートは無事に通過した。セーフ。 「え!?宇宙人?宇宙人いる!つか宇宙都市!え?すげーなおい!」 目の前にはアルミニウムの摩天楼が立ち並ぶ宇宙都市。え、帰りてえ。 フラフラと近くの免税店に入ると、宇宙人アールグレイが私を出迎えた。

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「本日はデザートに北京鹿がございますけれど…」 どれもきんきんに冷えている。私はアールグレイに挨拶して、アフリカゾウの免許証を提示した。食後のおやつに買って行こう。 どうやら午後からは成層圏から鳩の羽が降ってくるらしい。思わず私は舌打ちした。途端に父どもが円舞曲を踊り出す。癪な野郎だ。 さらに間の悪いことに、足元を見るとベテルギウスが近づいていた。いずれにせよ、早めに仕事に戻らねばならぬ。

10年前

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会社に戻ると皇帝ペンギンの課長が社長に平謝りしていた。何でも会社のサッカー場に納めてある、亀と象が水瓶を支える天球儀が壊れてしまったそうだ。 技術者でマッコウクジラの木村専務は、弁当箱にケーブルとパソコンを詰め込むと、やれやれと言った笑い顔で現場に飛んでいった。 「真理が壊れると厄介だからね」 そう嘘吹いたのは皇帝課長。私は頷くかわりにクラッカーを鳴らすと、止まっていた時計が動き始めた。

I know.

10年前

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「お疲れ様です」 私はアールグレイの紅茶を淹れると、課長に渡す。威張ってばかりの課長を私は皇帝ペンギンと呼んでいる。 亀と象が水瓶を支える天球儀が壊れてしまったせいで、数時間の間、世界はめちゃくちゃになってしまっていたようだ。 アフリカ象に乗って出勤をする日々なんて懲り懲りだ。 平穏な日常が一番。 さて、今日も一生懸命仕事でもおっぱじめますか。私はパソコンに向かうと、父をダブルクリックした。

aoto

10年前

- 完 -