優秀な小間使い

「ピンポーン」 その日、俺は誰もが見向きもしない様な 普通の一日を送っていた。 しかし、この音に釣られドアを明けた時から 非日常は始まった。 「は~い、どちらさ…ま?」 開けたドアの先には人っ子一人居なかった。 「ピンポンダッシュかぁ?今さら古いイタズラするヤツも居た…何だこれ」 閉めようとした俺の視界に入ったのはドアの前に置かれた謎のダンボール箱だった。

ke-na

13年前

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怖い… が、開けずにこのままほおっておくのはもっと怖い。 意を決して、恐る恐る段ボールに手を伸ばした。 ガムテープなどで閉じられてはいなかった。 折り重なった部分を、一枚一枚開けていくと… そこには子猫がいた。 黒い、子猫。 行儀良くちょこんと座り、こちらを見つめている。 そして… 「こんにちは」 しゃべった。

nonko

13年前

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俺は突然のことで少しだけあとずさった。いやいやいや、猫が喋るわけがない。きき間違いだろう。俺はあたりを見回すが、人の影は見えない。 「挨拶もできねーのかよ」 まただ。子猫が小憎らしい顔でこちらをみている。そもそも猫と人では口腔のつくりがまるで違う。人間のように発声できるわけがない。 「おいっ」 どうやら認めざるを得ないようだ。この猫が話しかけている。しかも、いささか口のきき方がなっていない。

tiptap3

13年前

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魔女の宅急便の黒猫ジジはしゃべれるんだ。ここにもしゃべるネコがいてもいいだろう。 おれは相手をしてやることにした。 「こんにちは。何か御用ですか?」 「御用とは失礼だな。お前が呼んだから来てやったんだ」

didi

13年前

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呼んだ……? 呼んだとはなんだろう。猫を呼んだ覚えはないんだが。 「猫の手も借りたいってぼやいていた奴はどこのどいつだ?」 ずいぶん尊大な言い方で、猫は言い放った。 ……もしかして、あのプロジェクトのことだろうか?

u_sukumo

13年前

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TV業界、出版業界、ウェブ業界を巻き込んでの今回のプロジェクトは多忙を極めていた。今日はようやくとれた休みだ。また明日から調整に追われる日々が始まる。その忙しさは猫の手も借りたいほどだ、と行きつけのバーでぼやいのは昨夜のことだった。 黒猫は毛並みを舌で整えると、準備万端とばかりに姿勢を正した。 「で、おいらは何をすればいいんだい?」

noppo

13年前

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「さっさと言いな。こちとら忙しいんだ」猫は立ち上がると、段ボールから飛び出した。まったくせっかちなやつだ。休日の午前中から黒猫に目の前をウロウロされる身にもなってほしい。 「おまえ、どうせならアベ部長の前をちょこっと横切ったりしてくれよ。なんてな」 社内政治に翻弄されていた俺は、プロジェクトに何かと横槍をいれる、本社の部長を思い出していた。

13年前

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「お安い御用だ」 黒猫はぴょんとジャンプしたかと思うと、目にも留まらぬスピードでぼくの前を横切り、垣根の隙間へと姿を消した。 「アベ部長が交通事故だそうです」 翌日、会社の席に着くと、後輩が飛んで来た。 「まさか」 ぼくは絶句した。 「幸い命には別条はないらしいですが、復帰は一ヶ月後とのことです」

rain-drops

13年前

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その日以降、プロジェクトは円滑に進行した。と言いたいところだが、実際はその逆だった。 邪魔だと思っていたアベ部長は社外での人望が厚く、見えないところでプロジェクトの潤滑油になっていたのだ。 思えばあの猫、ご丁寧にも俺の前を横切って去って行ったんだっけ…。 俺は今夜もバーでぼやく。 「マスター、最近は美女の手を借りたいほど忙しくてね…」

tati

13年前

- 完 -