一行は列車に乗り、まだ開拓されていない(原発の無い)土地へ向かった。 車内はとても暗く、冷房は疎か車両の編成も二両しかない。僕は開けてある窓の側で煙草に火を付ける。 厳密に言うとマリファナだ。 ちゃんとした煙草は高くて買えやしないし、例え買えたとしても放射能に塗れてる。 住んでいた街から離れるのは勿論嫌だったが、新しい景色を見ることが唯一時間が進んでるという実感を持てる事だった。
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荒廃した平原、列車はゆっくりと進む。 遠方にビル群が見えた。夕日を背に、不気味にそびえ立っている。かつてこの国の技術は原発を動力源に発達するところまで発達した。しかし、崩れ去るのは一瞬だった。 国中の原発が一斉に暴走。テロか、事故かと騒がれたけど、結局真実は分からなかった。 僕らは街を追われ、汚染に怯えながら放浪を続けることになった。 ビル群に夕日が落ちた。夜がもうすぐやってくる。
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陽が落ちた頃、車両はかつての地下鉄車両基地に停車した。 そこは、廃材を寄せ集め集落が形成されており、賑わいを見せていた。僕はバイヤーの元に向かい物資を手渡す。 「USB媒体か…原子力関連の資料。そうだな…コイツだと、350$ってところだな」 災害以前の技術遺産は高値で取り引きされる。これらで生計を立てる者をサルベイジャーと呼ぶ。かく言う僕もその一人だ。 得た資金で物資を揃え明日に備える…
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基地近くの安宿へ戻る途中、人集りに遭遇して足をとめた。 流しらしきギター弾きの姿が見える。彼が歌い始めた。 僕らは堀の中に住む 高い高い壁の向こうには 美しい空が この街は汚染されている 僕らは汚染されている… 陰鬱な歌だった。批判のつもりだろうか。 確かに、他国では汚染された地を住民ごと封鎖したという話も聞く。 だが、この国の状況はそこまでひどくない。
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少なくとも、国内移動に制限はない。島国である国土ごと封鎖されているともいうが、大陸に近い沿岸域の住民でもなければ国外に触れる機会もないから押し込められているという意識は希薄だ。 この基地は開拓の最前線、僕らが遺産を攫った跡に人々はガラクタの街を形成していく。いつだって人間は己が思うよりもずっと強かだ。 陰鬱な歌声を振り切るように僕は足を早めた。仕事の消耗品を仕入れに道具屋に寄る気も失せていた。
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煙草に火をつけ、深く吸い込む。 大して美味くもない上に、安物のマリファナとのブレンドなので、発ガンリスクは純正品に比べ、8倍以上だ。 だが、簡単に手に入る嗜好品はこれぐらいなので、僕を含め、皆これを吸っている。 安宿に着くと、濡れたタオルで体を拭き、道具の整備を行った。 明日は、3km先にあるという無人の学校に行ってみよう。 本でもあれば、煙草を吸う本数も、少しは減るだろう。
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翌朝、準備を手早く済ませ、古いパンを齧り宿を出た。 空は明るくなり始めたばかり。 今“この街”で聞こえるのは、ささやかな生活音と鳥の声だけ。 ただそれだけだった。 何も変わってなどいなかった。 平坦な道を歩き続け、太陽が輝き始めた頃、やっと学校が見えた。 門を抜け校庭を進むと、教室の窓から机や黒板が見える。 昇降口には忘れられた傘。 埃っぽいのは下駄箱だけではなく、どこも歩くたび足跡がついた。
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郷愁が僕を襲った。この景色も僕が子供の頃は機能していた。どこで間違ってしまったのか、なんて感傷に浸るつもりはなかった。原発の恩恵を受け、僕らは確かに豊かな暮らしを営むことができていた。例えあの時代に戻ったとしても、僕は目の前の快適さを選んだだろう。 煙草に火をつける。ちっ、最後の一本だ。道具屋に寄ればよかった。 校内を散策し、俺はようやくお目当ての本を手に入れた。 おいおい、よりによって太宰かよ。
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「……いまは自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます」 硬い背表紙に守られた、黄色く変色したページを捲る。異なる時代を生きた人の文章が、今を生きる僕の胸に落ちる。災害後、太宰の小説を覚えている人はどれくらい居るのだろう。 最後の煙草は燃え尽きて、僕は一冊を読み終える。かさばるが、本を持ち帰ろうと決めた。誰かに届けよう。明日もわからぬ暮らしの中で、変わらないものを探して。
- 完 -