ココアチック恋愛小説

「面白いか?」 「…どうだろ」 急に、同級生の男子に読まされた原稿用紙。恋愛小説だった。というかどれだけ残念そうな顔するのよあんた。 「良かったら捨てといてそれ」 「いやいやムリだって。二百枚って力作でしょ?」 「いや、もういらなくなったから」 でも、なあ。それに、恥ずかしい内容だったけど実は私、こんな話好みだったり。 家でもう一度読み返したら、主人公と私が重なり、赤面した。

うたたね

11年前

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この話は…私への告白だったりして。 確かに、彼が昔から本や物語が好きなのは誰より知っている。 その分、思うことを上手く口にできないベタな彼も知っている。 だから、これは彼なりの「告白」だったのではないのかな? 今まで、思ってきたことを二百枚、文字にして綴った、長い長いラブレター。 そう思うのは…いけないことかな。

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夢中になると周りが見えなくなる主人公。何でも一生懸命やってみるけれど、やることなすこと失敗ばかり。そんな主人公を見守り励ましてくれた男の子が、最後に主人公に告白する。 主人公がどう答えたかまでは書かれていない。 どうしよう。これが彼なりのラブレターなら、私は返事をすべきだけれど。これが本当にただの創作だったら……? 悩んだ末に私は決意した。 この小説の続きを書こう。 私の思いを織り込んで。

hayasuite

9年前

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最後の場面は、夕暮れ時の教室で男の子が主人公に告白した所で終わっている。 …そういえば。 少し前、夕暮れ時の教室で彼に会った事を思い出す。 私は先生に頼まれた資料をやっと作り終えたところで、帰り支度をしている最中、彼が現れたのだ。 『…飲む?』 そう言って差し出してきた私の大好きなココア。聞けば部活帰りという彼は、一緒に帰ろうと遠回しに言ってきたのだった。 思い出すと、なんだか胸が温かい。

haco

8年前

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もらったココアはミルクの風味が強く、ほどけるような甘い味がした。 資料作りを任された経緯が半ば押し付けのようだったから、クサクサした心に余計沁みたのかも。 …でも、あの日。 私は彼と雑談するも、帰りは教室に顔を出した女友達と一緒に下校した。私には数ある日の出来事でしかなかったから。この力作を目にするまでは。 もし、彼が告白の気概を持ってココアを渡したのだとしたら? 小説に違う未来が広がる。

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……舐めていた。 続きを書き始めて、小説を書くというのはこんなにも大変な作業なのだと思い知る。強い想いを持ち続けないととても完結出来るものではない。 ──どんな気持ちで書いたんだろ。 上手く表現できないもどかしさ。ぴったりな言葉の選択。彼の気持ちの強さが、200枚という数字によって裏打ちされる。 読んだだけじゃ分からなかった。自分も書いてみて、あの時彼がどんな気持ちでいたか初めて分かった。

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続きが書けないせいだろうか、少し外に出たくなった。 夜の風は冷たく、胸をスーッと通り抜けていく。それが心地良くてしばらく歩いていると、街灯の下に自販機が見えた。ぶるぶるっと肩が震える。ココアはあるだろうか。 自販機の前まで行ったところで、お金を持ってきていないことに気づく。押せば出てくるような気がして、あったかいのボタンに手を伸ばす。もちろん、出てこなかった。

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ココアは、タダでは手に入らない。そんな当たり前のことを、改めて思った。あの時のココアのお礼、ちゃんとしたっけ。 「私を温めてくれていたのは、ココアなんかではなく、それは」 そんな臭い台詞が、ぽこんと浮かんだ。 いやいや、さすがにそれは。すぐにつついて、弾けさせる。 遅れて、あっと気付く。鈍感な主人公の男の子への気持ち。私の気持ち。 あと、「なんか」とか言ってごめん、ココア。

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とココアに謝ってからフッと思う。 ココアに謝るようなこんな女を彼は好きでいられるだろうか? その反応を見られたら、面白いかもしれない。 つまり、このシーンを中心にして書いてみよう。 「ふふふっ!」 思わず笑いが込み上げる。 さて、そろそろ帰って、続きを書かなきゃ! なんだか楽しくなってきて、帰路の歩みは温かかった。 人への思いがポカポカさせるんだな〜と素直に感じながら、文章を頭の中で綴り続けた。

- 完 -