先週、席替えをしてからというもの、気になって仕方ないことがある。 ゆらゆら。 コレのせいで、俺は授業に集中できてない。 ゆら、 今までこいつの後ろの奴は、どうしていたのだろう。この衝動と、戦っていたのだろうか。 ゆら、…ぱし。 「…あっ」 「えっ?」 …や、やってしまった。 クラス中の視線が集中しているのを肌で感じる。 まあね、 佐々木のポニーテールは、 やっぱりさらさらでしたよ。
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「なに?」 少しの沈黙の後、佐々木は嫌な顔をするわけでもなく、そのくるりと丸くて大きな瞳を瞬かせ聞いてきた。 そんな表情にドキリとして、思わぬ不整脈に動揺する。 その動揺を悟られないようにと、何でもないようにを装いながら手を離す。 「ごめん、つい」 素直に謝れば佐々木はくすりと笑った。 「なあに、それ」 あ、落ちた。 それは一瞬だった。
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それからの授業、やはり集中できないことには変わらないが、苦ではなかった。 佐々木のポニーテールが揺れるのを見るだけで癒される。 授業中じゃなくてもつい佐々木のポニーテールを目で追う日が続いた。 いや、こんな言い方だと俺がただのポニーテール愛好家みたいだが、そうではない。 佐々木のポニーテールじゃなければこんな気分にはならない。 まあ、つまりあれだ。 恋ってやつだろう。
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ところが、だ。 ある日、学校へ行ったら景色が違っていた。 佐々木がポニーテールでなくなっていた。髪をばっさり切っていたのだ。 何でだ、佐々木。 俺にじろじろ見られて嫌だったのか? 女子たちが佐々木を見て、キャーキャー騒ぐ。 何で切っちゃったの、という声。 「気分転換」 佐々木はにっこり笑った。 もちろん、ショートヘアもすごく似合ってるけどさ。 だけど、あれかな。女の子が髪を切るってことは…
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…失恋、かな? いやまさか。 イマドキそんな典型的な動機で髪を切るなんて、昭和じゃあるまいし。 気分転換なんだから、つまり季節柄うっとうしくなったとか。そうだろ? 適当に納得できそうな理由を列挙しつつも、俺の知る佐々木は古風なけじめの付け方を好みそうだと思ってしまった。 あぁ、そういえば… 前の席順で佐々木の後ろに座っていた高野は、彼女と同じ中学出身で。 付き合ってる説、あったな。
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簡単だ。 気になるなら聞けばいい。 なんて、そんな勇気があればの話だけど。 今までの俺なら確実に睡眠時間であった、5時間目の古典の授業。 こいつの後ろになってからは一度も寝ていない。 短くなった佐々木の髪は内巻きにされていたが、後ろがほんの少しくるんと跳ねていた。 …可愛い 触りたい つまりはあれだな、要するに、ポニーテールじゃなくても良かったわけだ。
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「…あ。」 「えっ?」 いつかと同じ様な既視感。 跳ねた彼女の髪の毛を自然に掴んでしまった俺は深く自責の念にかられた。 「んん、なに?」 あの時よりも少し呆れた様に微笑む佐々木を、俺は真正面から見つめることが出来なくて俯いた。 「ごめん、つい」 ぴょん、と跳ねた髪から手を離しながら小さく呟いた。あの時と同じ台詞。 しかし彼女は笑みを引っ込めて大きな瞳で見透かす様にじっと俺を見つめてきた。
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「いいよ、触ってて」 「え」 「私の髪。いつも見てるでしょ?」 ……バレてた。 佐々木はそれだけ言うと、前に向き直ってしまう。 恐る恐る伸ばす手が少し震えた。もう一度、内巻きの髪の端でそっぽを向いている一筋に触れる。柔らかい心地よさ。ふわりと馴染むそれを指に巻きつけてみれば、かすかな体温の残滓。 弄る髪の奥、隠されていた項が垣間見えて、俺は息を飲む。 今、何の時間だったかも忘れて。
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「賭けだったの」 俺にしか届かない声で佐々木は呟いた。項に触れそうになった指先が止まる。 「君が興味を持ってるのはポニーテールなのか、私なのか」 少しだけ振り向く佐々木。内巻きの髪がその表情を隠すように頬にぱらりと落ちた。 「……私勝ったかな?」 赤らんだ頬にしてやられる。 でもきっと俺も負けず劣らず赤くなってるんだろう。 俺はまだ指先に絡めていた毛先を白旗の様に挙げた。 「降参です」
- 完 -