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ここから見えるは、いつも満月

「ここから見える月はいつも満月ですね」

「……どうしてだと思う?」
「僕が来る日がたまたま……いや、違うんでしょうね」
客人は冷めた紅茶を飲み干した。
「そうだね、違うよ。じゃあ今日はその話をしよう」
魔法使いは目を細めた。彼女がトン、と机を叩けば、部屋の明かりが消える。満月の黄色い光だけが、淡く魔法使いの横顔を照らしていた。

「まずは、うん。折角だ、もう一つくらい予想を立ててご覧よ」

シケ崎
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魔法使いが客人に紅茶を注ぎ足す間、客人は考えていた。

「あなたの魔法がそうさせているのかい?」
ふふっと笑って魔法使いは答える。
「私が月が月に魔法をかけていると考えているなら不正解ね。魔法使いが月に干渉することはできないの。月は私たちにとって、とても神聖なものだから」
低く唸って、1口紅茶を啜る。
「お手上げだな。正解を聞こう」

「魔法、と言う視点はあっているの。ただ、その対象が違うのよ」

虚木 幽
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「魔法がかかっているのは、あなたの瞳よ。あなたにだけ、満月が見えているの」
「あなたには、違う月が見えていると?」
「そうね、今夜は綺麗な三日月だわ」
魔法使いは、紅茶に浮かび上がった月を見ながら言った。
「揺れるその月も、僕には満月に見えるけれど。何故、そのような魔法を?」
客人はカップに口をつけた。

「夜は長い。また予想を立ててご覧」
魔法使いは、三日月のように目を細めた。

灰梅
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再び客人が黙り、魔法使いは茶菓子を出した。まるい形のチョコチップクッキー。クレーターが浮かぶ満月のようだ。
「悪戯心かい?」
「お粗末な答え。悪戯なら分かり易くて、物にかける簡単な魔法にするわ」
魔法使いは大袈裟すぎる溜息をつく。

「言っておくが、僕は吸血鬼じゃないから、実験しようとしても無駄だ」
「満月に反応するのは狼男。数学者に文学知識は必要ないのかもしれないけど、勉強したほうがいいわよ」

のんのん
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客人はクッキーを手に取り口に運んだ。溶けかけのチョコレートが、彼の指先を汚す。
「ヒントをあげようか。満月は闇を照らす光、あなたにも計算できない神秘との邂逅を司るのよ」
「ではあなたではなく、僕に、満月が必要ということか」
「良い勘だ。嫌いじゃないわ」
魔法使いは彼女らの掟の書かれた分厚い魔法書をテーブルに広げた。

「第295条 魔法を使わぬ民を招く時は月の満ちる夜にすること、と決められている」

古都の三日月
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客人は魔法書を覗き込んで、しばらく考えてから、すこし頓珍漢な感想を述べた。

「…僕はこんな決まりが無くても、またあなたに会いに来るよ」

「え?」
悪戯に笑っていた魔法使いの瞳がぱちぱちと見開かれる。

「あぁ…いや。迫害されてきたあなたたちの歴史に関係があると思ったんだ。勘違いだったかな」
客人は慌てて言葉を付け加えた。

「急に何を言い出すのかと思ったら」
魔法使いが笑う。

「ばかなひと」

一色模糊
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「僕は数学者だ、馬鹿じゃないさ」
ムキになる客人がなんだか珍しい気がして、魔法使いは更に笑った。
「だって、月の満ち欠けなんて所詮は天体の位置関係の問題だろう。人の邂逅と天文学に因果の必要性を感じないよ。魔法の有る世界と無い世界を無理矢理隔てようと考える政治家たちの方が無能なのさ」
「嬉しいこと言ってくれるのね」
「彼らは魔法使いをある一面からしか見てないんだ。それこそ月の満ち欠けと同じようにね」

仔羊(えるやん)
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「あなたに私はどう映っているのかしら?」
「人の心を掴むアーチストの一面が見えているよ。僕ら数学者は人を黙らせることには長けているけれど、人の感情を動かすことは得意ではない。オイラーとは違った美しさを君たちは持っている」
「お上手ね」
「本気でそう思っている。古より、月は僕らを魅了してきた。満月を見せる目的なのだけど、相手を虜にするためってのはどうかな? つまり、魔法をよりよく見せるためだった」

aoto'
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「あなたを私の虜にするためだと思うわけね?」
「違うのかい?」
「どうかしら?」
「なんか意味深な笑顔だね?」
「そんな事はないと思うわよ」
「焦らさないで正解を教えてくれよ?」
「そうね。仕方ないわね。じゃあ、耳を貸して」
「こうかい?」
「ええ、いいわ。実はね……」

ふと、僕は夜空を見上げた。
また満月だった。
「ここから見える月はいつも満月ですね」
紅茶を淹れてくれた魔法使いにそう訊ねた。

ぷにぷにヒロ坊
- 完 -