ねえ、交換小説しようよ。 自習中のそんな一声に、女の子達は目を輝かせて振り返った。 紫、藍、葵、桜、茜、杏、黄菜、翠、雪。 彩り豊かな9人が集った。 物語の最初を、書き始めたのは紫。 いつか、これを完成させたら、みんなで… 夢はどこまでも広がった。 紫の手の中のノートは1ページだけ埋められて、明日を待っている。 9人はそれぞれに想いを込めて、渡された物語を紡いでいく。
- 1 -
紫からノートを受け取った藍は、早速新しい一頁を開いた。 藍が繋いだ物語は夕暮れ時の情景から始まる。昼から夜に変わるほんの一瞬を繊細に描写する。空の色は紫色から藍色、そして深い夜の闇へ。 星々が瞬き銀河が渦巻き、1ページが埋まるころには夜が明けて朝が来る。 藍は最後にこう締めくくった。 光が差して、朝の空は青へ。 眩しいくらいに爽やかで明るい葵へ、ほんの少しの憧憬をこめて藍はノートを閉じた。
- 2 -
藍からノートを受け取ると仰天した。 「藍愛してる」 文章力に震えながら、葵は藍に親指を立てる。 「同じ青空にも種類があるんだよ」 葵が紡いだ物語は主人公が尊敬する人物の台詞から始まる。青空に過去の回想を重ねるのだ。 「薄い青。濃い青。西洋の青空ははっきりしてるけど、日本の青空はぼやけている。桜などは日本の青空に映えるけど、西洋の青空には合わないらしい」 気分屋の桜を茶化し、葵はノートを閉じた。
- 3 -
桜は葵の書いた小説ですっかり上機嫌だった。 「これ私だよね!つまり大和撫子だね♪」 どうやら葵の諧謔は桜には不通らしい。 そんな桜はごきげんな世界を投影したな物語を描いた。 春のように笑い、歌うように花が咲く。まさに今咲かんとする花は皆だ。一枚では頼りないひとひらが、寄り集まって美しい迫力へ。 茜色に燃え上がるよう描写した桜には、受験に疲れた茜へのメッセージを込めて。 桜はノートを閉じる。
- 4 -
「たまには息抜きだよ」と呟きながら渡された桜の描いた世界に茜は頬を緩ませた。 茜は時代を超えて惹かれている二つの歌をモチーフに恋物語を紡いだ。 茜さす校庭で君は走っている。 教室から見詰める私に気付くと君は大きく手を振った。 そんなに振ったらあの子に見られてしまうじゃない。 風が吹いて茜空に杏の花が舞う。 そうもうすぐ春だから。 苦しい恋をする杏へのエールと共にノートを閉じた。
- 5 -
優しい笑顔と共に渡された世界達を見て、杏はじんわりと目頭を熱くさせた。 杏が紡ぐのは日常の一片だった。朝起きる。カーテンから覗く朝日は眩しくて清々しい。遠くから朝ご飯の匂いがする。学校に行く。笑う。悩む。ときどきちょっと切なくなって、夕暮れを迎える。 『夕暮れを受けた杏の薄桃は黄味がかって見えた』 そこまで書いて杏はノートを閉じた。 多忙な黄菜に向け、少しでも肩の力が抜けるように願って。
- 6 -
忙殺とまではいかないが、好きな夕暮れ時には疲労で空を見上げることすら忘れてしまう。そんな中、空を見上げなくても杏の薄桃色に夕暮れがうつり、足を止めなくとも空はそこにある。杏の言葉でふっと心が軽くなる。 「自然に溶け込む翠、ささくれ立ちそうな時も落ち着いてそこにいてくれる翠。その色はあなた自身の心の色」 普段口には出せない思いを綴り黄菜はノートを閉じた。
- 7 -
「いつもありがとう。」 杏の言葉に戸惑いながら翠はノートを受け取った。 開いて胸が熱くなる。自分は個性が無い、悩みと共に生きてきた。わかってくれる人がいる、このままでもいい。 翠が紡ぐのは、季節外れの雪の物語。青葉は青葉のまま雪を見るのは叶わない。季節外れの五月の雪に、青葉は嬉しそうに輝く。 「やっと君に会えた。ずっと憧れてた。」 窓際で一人で本を読む、美しい雪への憧れを綴って。
- 8 -
翠からノートを受けとった雪の心が温まり、溶けてゆく感覚がした。 人と話すのが苦手で、いつも孤独だった。誰かと話したくないわけじゃない、上手に自分の気持ちを伝えられないだけだった。 ノートに彼女は、主人公が素晴らしい仲間と出会う物語を書いた。 紫、藍、葵、桜、茜、杏、黄菜、翠、雪。 誰もが皆、個性的で温かく美しい四季の景色のように輝いている登場人物たち。 雪は涙で滲む最後のページをそっと閉じた。
- 完 -