お母さんの卵焼き

少年は料理人だった。 小さな頃から同じく料理人だった父の手解きを受け若くして父の経営する料亭の調理場に立った。 少年は卵焼きが好きだった。 それは少年の母の得意料理が卵焼きであったことに起因している。しかし少年は母の卵焼きの味を覚えていなかった。料亭の味は決まっている。出汁のきいた上品な味だ。少年の母は若くして亡くなり、もう二度と食べることはできない。 少年はある日母の卵焼きを作ることにした。

さとう

12年前

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「確か母さんの卵焼きの味は、なんかさっぱりしていて・・・それでいてちょっと優しい甘味で・・・。」少年は、卵焼きの味をなんとかして思い出そうと、1人でブツブツ呟いていた。 「あー!ダメだ!さっぱり思い出せない!やっぱ幼き頃の味覚だけじゃダメだ!どうすれば・・・。」 っとぼやいていたその時、少年はある事を思いついた。「そうだ、お母さんの妹・・・叔母さんに聞いてみよう。叔母さんなら何か知っているかも」

12年前

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「姉さんの玉子焼き?」 「そう、あれを作りたいんです」 う〜んと叔母さんは唸って 「分からないわ」とあっさり答えた 手掛かりはなしか・・・ 眼に見えて落ち込む少年をとりなすように、叔母さんは慌てて言葉を続けた 「あ、でも普通は玉子焼きには入れない調味料を使ってるって言ってた気がするわ」 普通は玉子焼きに入れない調味料か 調味料なら一通り料亭の厨房にあるはず 探してみよう

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卵焼きには入れない調味料。 叔母さんは言っていた。 「ふわふわしてて、美味しいのよね」 仕上がりをふんわりさせる調味料、ということだろうか。 砂糖、醤油、塩、白だし、かつおぶし、マヨネーズ、ケチャップ、ソース、調味料は各種そろっている。 いったい、どれが、隠された調味料なんだ? でも、"和風"の味付けなんだよな?

aoto

12年前

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思考を巡りに巡らせてどうにかして思い出して見ようと試みるもやはり思い出せない。 普通は入れない調味料を使用してて、ふわふわで、和風ーーー? 他に何か手がかりはないのか。これだけでは作ろうにも材料すらわからない。 誰か他に知ってそうな人と言えば…。姉ちゃん。姉ちゃんなら知ってるかもしれない。母さんの料理の手伝いをしているところを何度か見たことがある。 よし。聞いてみるか。

ちゃむ。

12年前

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「お母さんの卵焼き?」 「うん、姉ちゃんなら知っていると思って」 「あたしもしっかりとは覚えてないけど、普通の人が使わないような材料を使ってたよ」 「それがなんのか知りたいんだよ」 「うーん、思い出せない。そもそもなんでお母さんの卵焼きを作ろうと思ったの?」 「そ、それは…」 「まあいいわ、とにかく色々試してみたら?」 「ありがとう」 お母さんの卵焼きを再現しようと思った本当の理由、それは…

RenMexico

12年前

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新しいメニューの考案を、父さんに任されたからだ。リピーターを増やせるような、優しい味の料理を、と、いかつい顔の父さんに言われた時には吹き出しそうになったが、着手してみると、なかなかどうして難しい。 卵は二個か三個だろう。あれだけふわふわだったということは、メレンゲを作って、卵黄を落とし込んでいたのかもしれない。確かお菓子用の粉で、メレンゲを崩れにくくするのがあった。確か名前はーー。

12年前

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メープルシュガー。主にパウンドケーキなどで用いられる粉砂糖だ。 「でも、まさかなぁ」 調味料棚にあるあまり使われてないその袋を手に持つ。 そしてメレンゲに混ぜ、黄身を落とし卵焼きを作り始めた。 「いい匂いだな」 気づけば父親が台所の出入り口から顔を覗かせていた。少年は慌ててふんわりと焼きあがったそれをお皿にポン、と移す。 「母さんのを思い出しながら作ったんだ」 「どれどれ」 父親の箸がのびる。

いのり

10年前

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「うん。ふわふわで優しい甘みだ。美味しいなぁ」 父親は笑顔でパクパクと食べていたが、少年は一口食べて箸を置いた。 確かにふわふわで優しい味だが、母親の味とは違う。 「お父さん、これ母さんの卵焼きを目指して作ったんだけど、違うよね? 記憶で頑張ったんだけど」 お父さんは笑った。 「お母さんのは、卵焼きに牛乳しか入れてない。それにたどり着けないなんてまだまだだな。でも、お前の方が美味しいぞ」

Dangerous

10年前

- 完 -