ようこそ、今泉探偵事務所へ

録画しておいたミステリードラマを流しながら欠伸をする。退屈だ。それもそのはず。
「純さんがネタバレしちゃうからつまらなくなったじゃないですか」
新聞から目をあげ、からからと笑う。
「ネタバレなんてしてませんよ。ただこの先の展開を推測しただけです」
「純さんの推測は正解なんですからやめてくださいよ」
純さんは人を観察するのが好きだ。黙ってコーヒーを飲みながら道行く人を眺めている姿をよく見かける。

うみの みおり

- 1 -

「人をじっと見てるとさぁ…」
純さんは窓の外に目をやった。
「その人もがどんな人なのかなわかっちゃうんだよねー」
そう言って純さんは私を細い目でじっと見つめた。
「やめてくださいよ…私を観察するの!」
「みおりんさぁ…今好きな人いるでしょ!」
「い…いいいい…いないですよ!それに…その呼び方やめてください…」
純さんはごめんごめんと軽く返事をし、またクルッと回って外を観察し始めた。

翡翠(桜前線で待機)

- 2 -

コンコン…
ドアをノックする音に、瞬間的に身体が反応する。時計は、午前10時を指している。電話で、約束していた時間通りだ。「お待ちしておりました。お電話でご相談された、橘様ですね?ようこそ、今泉探偵事務所へ。私、相談員の神宮寺 美織と申します。そして、あちらの窓際にいらっしゃるのが、所長の今泉 純になります。どうぞ、こちらのソファーに掛けて下さい。」会釈し腰掛けるも、彼女の表情は冴えず俯いている。

愛林檎

- 3 -

「ご相談はあなたの恋人についてですね」
詳しい内容は電話では聞いていないのに、突然純さんが言った。彼女が驚いたように顔をあげる。
「なぜそれを」
言い当てられても彼女はためらってるみたいだった。また俯いて口をつぐんでしまう。
「心配で何日もよく眠っていないのでしょう? さあ、お話ください。早く話せば問題もそれだけ早く解決すると思いますよ」
純さんは窓辺の席から立ち、女性の向かいのソファーに座った。

noname

- 4 -

「素行調査、迷いますよね。婚約も済ませているのですから当然でしょう」
「……あの」
純さんの人間観察はかなり正確だが、対人関係に活かされてるかというと…ご覧の通りだ。
「所長、そんなに急かしてはダメですよ。吃驚なさってるじゃないですか」
「これは失敬。あ、謎解き?…少し濃いめのお化粧は肌荒れのカバー、左薬指の日焼け残りは普段されている指輪の不在、ご住所は会社の女性寮なので未婚…こんなとこですかね」

ちょもらんま

- 5 -

「すごい…! どうして、そんな…」
彼女は目を丸くしたまま、固まってしまっていた。
「では、彼のことについて、少しお伺いいたしましょう」
純さんが柔和な笑みを浮かべる。話を急かさなければ、誰もがその笑みに安心感を覚えるのに。
彼女は珈琲を口にすると、訥々と話始めたのだった。
「私の婚約者青山幸仁は警察官として働いております。裏表のないハッキリとした性格です。けれど、近頃人が変わってしまったのです」

aoto

- 6 -

「変わった、ですか?」

結婚してから人が変わるというのはよくある話だけど、結婚する前、しかも婚約しているのに、人が変わるというのはあまりないんじゃないかと、私はちらりと純さんを見た。

純さんは相変わらずの穏やかな目で彼女を見つめている。
その口がゆっくりと開く。

「例えば、それまでは早く帰ってきていたのが、急に遅くなった、というようなことですね?」

彼女が目を見開いた。

asaya

- 7 -

「……どうして、そこまで」

純さんはあっけらかんと笑った。純さんがこんなに大きな笑顔を見せるのは珍しいので、私はそれがどういう意味を示すか知っていた。

「今のはただの当てずっぽうですよ。そうですね、でも、当たっているなら、あなたはポケットを探ってみるといいと思いますよ。そこにあなたの不安を解決する鍵が眠っています」

純さんはそう言って窓際に戻ってしまった。もう仕事は終わったと言わんばかりだ。

虹のコヨーテ

- 8 -

「なぜ彼女のポケットに結婚指輪があると?」
事務所の扉が閉じられるのを待って、私は訊いた。

「彼女の上着は今はもう生産されていない古いブランドのものだよ。母親からでも譲り受けた記念の品なのかな。大事な指輪を潜ませるのには相応しいね。遅い帰りは式場選び。上着にハンガーの型がつくほど長く着ていないとなれば、サプライズが不発に終わっているのもわかった」

純さんは再び微笑んだ。
「花嫁に幸あれ、だね」

まーの

- 完 -

作品情報

ようこそ、今泉探偵事務所へ

#20004

リレー期間

8ヶ月