ぼくらのあんぱん闘争

「あんぱんは小説より奇なり」 その小説はそう始められていた。 またか八田のやつ……と思ったら、違う。これは後輩の上橋が書いた作品だ。 ここは文芸部。常識人の生徒達からは、「変人の集い」と呼ばれている。 しかし最近、あんぱんフリークの八田美那穂に部員たちが影響されたおかげで、あだ名が「あんぱんの集い」に変わった。もはや人ですらない。 ……お前たち、本当にあんぱんに青春を捧げて後しないか?

ウサナギ

10年前

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「後悔なんて、するわけないじゃない。」 八田は見下すように俺に言った。 「あんぱんこそが正義よ。」 八田は踏ん反り返りこれでもかと言わんばかりに俺をさらに見下した。 「そもそも八田、お前…あんぱんのどこがそんなに気に入ってんだ?」 「あんぱんのあのフォルム!そして中に詰まったあんこ!それを親切に伝えるケシの実!それに…」 八田の彼氏も、彼女のあんぱんフリークには辟易しているらしい。

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そんな八田に悲劇が訪れたのは、とある昼休みの事。 「おい八田!今度のシナリオコンテストの原稿…」 「うるさい!今それどころじゃないのっ‼︎」 彼女は血相を変えながら、部長(彼氏)の目の前を右から左へ駆け抜けていった。 何事かと思った俺達は、八田の後を追った。 そして八田は、購買の前に足を止めると即座におばちゃんに喰ってかかった。 「どうして!どうしてあんぱんの販売をやめちゃうんですか‼︎」

hyper

10年前

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八田が今にも泣き出しそうな顔で、ぽっかりと空いた棚の一角を指さす。 「私の青春は、ノーあんぱんノーライフなんです!それなのにッ‼︎」 あんぱんの指定席だった場所には一枚の張り紙。太文字で【取扱終了】と書かれた下には、細かな文字で理由が記されている。 …生徒の健全な食生活を考慮し、調理パンの充実を図る一方で、菓子パンの縮小を進めていきたい考えである… 発信者は、新しく赴任した校長先生のようだ。

おやぶん

10年前

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「横暴よ!あんばん大好き少女八田美那穂に対する禿げた太っ腹校長の陰謀よ!」 八田は拳を固めて震える。怒りのあまり妙な事を叫んでいるが、校長は禿げてないし、腹も出てない。 「落ち着け八田。"太っ腹"と"腹が出てる"じゃ全く意味が違うぞ」 「これが落ち着けるかー!直訴よ直訴!」 策も無しに校長室に駆け込みそうな八田を部長が制す。 「何の為の文芸部だよ、たく…」 文芸部員たる者ペンで戦うのだ。

ゆりあ

10年前

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暴れる八田を部室である教室に連れ帰り、部員全員で策を練る。八田の気が収まらないうちは文芸部に平和は望めないのでここは加勢する一手だ。 「抗議文ってことですか?」 「いやあからさまなのはやめておこう」 「じゃあ随筆とか?」 「小説にしましょうよ!思い出滅ぼすな系‼︎先輩、あんぱんとの思い出なんかありますか、ほっこりエピソードとか救われたこととか?あ、あんぱんとの出会いとか」

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あぁ、あれはこしあんも凍ってしまうのでは と疑いたくなるような冷たい冬の日だった。 心まで凍ってしまわぬよう 温もりを探し、家路を進む そんな時、コロコロと弾むような 笑い声がした気がして、商店街のほうを ふりかえる そこで、俺は一つのあんぱんと出a 「って、出会うか!! なんだあんぱんとのハートフルエピソード って、そんなもんあるか!! あんの優しい甘さにほっこり ってやかましいわ!」

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「先輩不憫…人生半分損してますよ…」 まるで捨てられた子猫を見るように、八田は俺を哀れんだ。 いやいや、あんぱん一つで地獄に落とされてはたまらない。 「お前が一番あんぱんに思い入れがあるんだから、八田が書けよ。そしたらそれ持って、俺が校長に直談判してやるからさ」 俺にあんぱんとのハートフルエピソードはなかった。けれど、八田たちと仲良くなれたのはあんぱんのおかげだ。 あんぱん、されどあんぱん。

aoto

10年前

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「いい話だ…私が間違っていた、ぐす」 八田執筆『母の形見のあんぱん』を読み、禿げてない校長は号泣した。唖然とする程の効果だった(尚、八田のお母さんは今もぴんぴんしている)。 あんぱん愛に目覚めた校長は販売中止を撤回、更には各地のあんぱんを購買に集め普及運動を展開した。一躍あんぱんは我が校のシンボルとなった。 最大の功労者である八田は、得意がるでもなく、今日も幸福そうにあんぱんを頬張っている…

10年前

- 完 -