終電の時刻もとうに過ぎた深夜、Y氏は一人モニターを凝視していた。 ここはビル管理会社の一室、管理委託されたエレベーターの監視映像がリアルタイムに送られてくる。Y氏の主な仕事は、故障監視と緊急通報の応対だ。 目の前に設置された3台のモニターは、それぞれ9分割された映像を映し出している。つまりY氏一人で27箇所のエレベーターを監視していることになる。 その映像の一つが、先ほどから様子がおかしい。
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エレベーターのドアが誰もいないのに開いたり閉まったりしている。いつもなら嫌というほど口を閉ざしている筈なのに。 Y氏はその様子を随分前に視界に捉えていた、しかしY氏は動こうとはしなかった。何故なら彼は恐怖していたからだ。行動を起こせば「何か」がいることを認めてしまうことになる。本能でそう感じていた。 Y氏が見て見ぬ振りをしてちょうど一時間時刻は午前3時また一つエレベーターが口を開けた。
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そこに映ったのは酔っ払いの男だった。 一人のようだが、男は誰かと話しているように見える。 悪酔いしているだけなのかもしれない、そう思いながら、Y氏は他のモニターにも気を配りながら、酔っ払いの様子を観察していた。 突然、男が暴れ出した。誰もいないはずのエレベーターの中で何者かを振り払うように暴れている。男は暫くして嘔吐し吐瀉物の中に倒れこんだ。 そこでエレベーターは止まり口を開く。
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倒れた男は、誰かに引き摺られる様に外に放り出された。気が付くと、吐瀉物も消えて無くなっていた。 エレベーターの口は閉まり、再び動き出す。 だが、Y氏はそれでも動かなかった。厄介な事に巻き込まれたくないという思いが彼をそうさせていた。 だが、そんな彼の思いはすぐに打ち砕かれた。 突如、監視室のブザーが鳴った。誰かがエレベーターの非常ボタンを押したのだ。 Y氏は立場的に対応せざるを得なかった。
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Y氏は受話器を取り、 「こちら管理会社です。緊急事態ですか?」 Y氏は1台目のモニターの赤く反転している箇所を凝視する。そのエレベーター画像には誰も写っていない。身体中鳥肌が立つ。受話器を置いてしまいたいが、所詮此処も監視カメラで録画されこのやり取りも録音されている。 「どうしました?」 「──ザァ──ザァ──……うっ……うっ…」 ガチャン!Y氏は乱暴に受話器を置いた。 今のは何んだ!
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モニターには何も映ってないのに、何かの声らしき音が聞こえた。 ならば、カメラの映らない所に何かがいるのか。 熱帯夜と言われた今日、この部屋には冷房が効いている筈なのに、Y氏の額には大粒の汗が見えた。 とりあえず落ち着こう。 Y氏は自分の後ろにある冷蔵庫からペットボトルを取り出して水を飲んだ。 深呼吸をしてモニターに向き合う。 そこでY氏は目を疑った。 「うさぎの...着ぐるみ?」
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うさぎの着ぐるみ、正確にはその''頭''だけがエレベーターの真ん中にごろり、と転がっていた。心なしか無機質な青い眼が此方をじぃ、と見つめているようだ。 再びブザーが鳴る。 思わずびくりと肩を揺らす。耳鳴りがする。ゆっくりと、受話器を取った。 「──どうして来てくれないの?」 ガチャン! 懐中電灯を乱暴に掴み、監視室を飛び出すY氏。ぶらぶら揺れる受話器から愉しげな笑い声がしたのにも気付かず。
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6階建ての建物の一番上の階にこの警備室は配置されていた。普段なら必ずと言っていいほどエレベーターを使うのだが、今日はエレベーターホールを通るのすらも恐ろしい。しかし、エレベーターホールを通らなくては階段に行けないのが辛いところだ。 ダッシュで通り過ぎようとした時、ウィーンと音がした。 開いた扉。溢れる明かり。そして、響く靴音。 反射的にそちらを向いて、息を飲む。うさぎの頭がこちらを見ていた。
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「みーつけた。」 その声が耳に入った瞬間、金縛りにあったかの様にY氏はピクリとも動かなくなった。そして「何か」に引っ張られ、Y氏の体はエレベーターの中に入っていく。うさぎの口の端が吊り上がった。 「や、やめろ…やめてくれぇぇっ!!」 Y氏の叫びも虚しく、扉は固く閉じられた。 暗い警備室の中でぼんやりと光るモニター。例のエレベーターの映像には、転がる懐中電灯だけが映っていた。
- 完 -