観の目強く
竹の劔を正面に構え、小さく一礼をし蹲踞の姿勢にはいる。
「始めっ」
審判の大きな声が響きわたる。
藍染の着物と防具に身を包み、大きな怒声をあげる。
徐々に間合いを詰め、機を伺う…
…今だ!
そう思った時には体はしなやかに前に進み、劔は相手の面を捉えていた。
一斉に赤旗があがる…
元の位置に戻り構え直す…
審判の掛け声と共にまた怒声をあげる。
勝ちを確信した…
- 1 -
というところで、ぼくの夢は途絶える。
ここのところいつもこの夢ばかり。総体が近づいている緊張感からってのは分かる。
そうして今日も竹刀を担ぎ学校へ行く。通常より授業が早く終わるこの頃、存分に部活に時間を割くことができる。
さあて今日もがんば...
一本!
ちょっとあれ...
一本!
ねえ、まっ
一本!
え、と
一本!
いっぽ
一本!
現実のぼくは果てしなく弱かった。
- 2 -
剣道というのはセンスがすべてだと思う。
太刀を見極める反射神経、振り下ろす腕力、滑らかな足捌きに力強い踏み込み、駆け引き、それと覇気。
それらは全く別々のパラメーターのようにも思えるけれど、実はそんなことはない。どれもが等しく作用している。
強い人の太刀筋は美しい。
ただ、力任せに振るうぼくとは違う。
ぼくはじっと先輩の稽古姿を眺める。
どうしたらあのように竹刀を振り下ろせるだろうか。
- 3 -
「隙あり、めーんっ」
うわっ。同級生の夏目だ。後ろからの技は反則だろ。
「バカヤロー。稽古中にボーッとしてる方が反則だぜ」
だってさ、先輩の剣道が美しかったから
「見惚れてましたーってか。だからお前は勝てないんだよ。武道家の端くれなら、まずは先輩に勝つ方法を考えるもんだぜ」
青天の霹靂だった。僕に足りないもの。それは気持ち。腕力でも俊敏な足捌きでもなく、目の前の敵に立ち向かう気持ちだったんだ。
- 4 -
「城之内先輩」
早速、先程まで僕が見取り稽古をしていた先輩に地稽古を頼んだ。
「いきなり私と戦おうっての?意味無いわ。掛かり稽古ならつけてあげるけど」
ひたすら打ち込んで行くだけのすぐヘトヘトになる掛かり稽古…でも、その分先輩から打ち筋や姿勢、摺り足や踏み込みの甘い所を指摘して貰える稽古だ。
…大嫌いだけど、やってやろうじゃないか。
敵に勝つにはまず自分から、だ。
…って、どこかの本で読んだ。
- 5 -
面を付けた先輩の顔はよく見えない。呆れているのかもしれないし、面倒臭がってるかもしてないし。
あー生意気とか思われたらどうしよう。
夏目が横から冷やかしてくるし、先輩の顔は怖い(だろう)し…
「ほらーちゃんとやんないと先輩呆れるぞー」
夏目の冷やかしはプレッシャーにしかならない。
「め、めーんっっ」
なんかしょぼい音しか鳴らない…周りの目が怖い…
「おい」
先輩怖い…
- 6 -
僕は構え直して先輩の方を見…ヤバい、先輩から殺気が!
明らかに防具を着てても感じ…えっ⁉︎
パーン‼︎
あっと言う間に先輩は間合いを詰め、僕の面に一撃を当てて来た。
「ボサッとするなァッ‼︎もう一度ォッ‼︎」
「は、はいっ‼︎」
…30分経過。
「ハアッ、ハアッ…ありがとう…ございました…」
「…貴方、技や動きはいいんだけど、根本的な弱点があるわね」
「えっ⁉︎それって何なんですか⁉︎」
- 7 -
「目付が駄目なのよ。貴方、狙っている場所を凝視するでしょ。で、仕掛ける直前に目を見開いてるの。気付いてる?」
「いえ、全然」
「貴方の目を見ていれば、いつどこに打ち込んでくるかすぐ分かるわけ」
どおりで攻撃が当たらないわけだ。
「同時に、貴方は相手の動きを全然読めてない。相手の目を見ようとしないから」
目を合わせるのが怖いんだから仕方ない。
「先輩、僕はどうすれば…」
「それは自分で考えて」
- 8 -
遠山の目付、観見の目付という言葉を思い出す。一箇所ばかりを見つめないで、全体を見よ。相手の目をよく見て、心の動きを捉えよ。そんな意味だったような気がする。
目に入ったのは、先輩の後ろ姿。
このままだと、先輩は帰ってしまう。
「先輩っ」
振り向いた先輩の目を、まっすぐ見つめた。
怖い。けれど負けては駄目だ。誰でもない、自分自身に。
「明日も稽古、お願いします」
先輩はにっこり笑って、頷いた。
- 完 -
作品情報
観の目強く
#1045
- リレー期間
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1年6ヶ月