竹の劔を正面に構え、小さく一礼をし蹲踞の姿勢にはいる。 「始めっ」 審判の大きな声が響きわたる。 藍染の着物と防具に身を包み、大きな怒声をあげる。 徐々に間合いを詰め、機を伺う… …今だ! そう思った時には体はしなやかに前に進み、劔は相手の面を捉えていた。 一斉に赤旗があがる… 元の位置に戻り構え直す… 審判の掛け声と共にまた怒声をあげる。 勝ちを確信した…
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というところで、ぼくの夢は途絶える。 ここのところいつもこの夢ばかり。総体が近づいている緊張感からってのは分かる。 そうして今日も竹刀を担ぎ学校へ行く。通常より授業が早く終わるこの頃、存分に部活に時間を割くことができる。 さあて今日もがんば... 一本! ちょっとあれ... 一本! ねえ、まっ 一本! え、と 一本! いっぽ 一本! 現実のぼくは果てしなく弱かった。
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剣道というのはセンスがすべてだと思う。 太刀を見極める反射神経、振り下ろす腕力、滑らかな足捌きに力強い踏み込み、駆け引き、それと覇気。 それらは全く別々のパラメーターのようにも思えるけれど、実はそんなことはない。どれもが等しく作用している。 強い人の太刀筋は美しい。 ただ、力任せに振るうぼくとは違う。 ぼくはじっと先輩の稽古姿を眺める。 どうしたらあのように竹刀を振り下ろせるだろうか。
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「隙あり、めーんっ」 うわっ。同級生の夏目だ。後ろからの技は反則だろ。 「バカヤロー。稽古中にボーッとしてる方が反則だぜ」 だってさ、先輩の剣道が美しかったから 「見惚れてましたーってか。だからお前は勝てないんだよ。武道家の端くれなら、まずは先輩に勝つ方法を考えるもんだぜ」 青天の霹靂だった。僕に足りないもの。それは気持ち。腕力でも俊敏な足捌きでもなく、目の前の敵に立ち向かう気持ちだったんだ。
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「城之内先輩」 早速、先程まで僕が見取り稽古をしていた先輩に地稽古を頼んだ。 「いきなり私と戦おうっての?意味無いわ。掛かり稽古ならつけてあげるけど」 ひたすら打ち込んで行くだけのすぐヘトヘトになる掛かり稽古…でも、その分先輩から打ち筋や姿勢、摺り足や踏み込みの甘い所を指摘して貰える稽古だ。 …大嫌いだけど、やってやろうじゃないか。 敵に勝つにはまず自分から、だ。 …って、どこかの本で読んだ。
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面を付けた先輩の顔はよく見えない。呆れているのかもしれないし、面倒臭がってるかもしてないし。 あー生意気とか思われたらどうしよう。 夏目が横から冷やかしてくるし、先輩の顔は怖い(だろう)し… 「ほらーちゃんとやんないと先輩呆れるぞー」 夏目の冷やかしはプレッシャーにしかならない。 「め、めーんっっ」 なんかしょぼい音しか鳴らない…周りの目が怖い… 「おい」 先輩怖い…
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僕は構え直して先輩の方を見…ヤバい、先輩から殺気が! 明らかに防具を着てても感じ…えっ⁉︎ パーン‼︎ あっと言う間に先輩は間合いを詰め、僕の面に一撃を当てて来た。 「ボサッとするなァッ‼︎もう一度ォッ‼︎」 「は、はいっ‼︎」 …30分経過。 「ハアッ、ハアッ…ありがとう…ございました…」 「…貴方、技や動きはいいんだけど、根本的な弱点があるわね」 「えっ⁉︎それって何なんですか⁉︎」
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「目付が駄目なのよ。貴方、狙っている場所を凝視するでしょ。で、仕掛ける直前に目を見開いてるの。気付いてる?」 「いえ、全然」 「貴方の目を見ていれば、いつどこに打ち込んでくるかすぐ分かるわけ」 どおりで攻撃が当たらないわけだ。 「同時に、貴方は相手の動きを全然読めてない。相手の目を見ようとしないから」 目を合わせるのが怖いんだから仕方ない。 「先輩、僕はどうすれば…」 「それは自分で考えて」
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遠山の目付、観見の目付という言葉を思い出す。一箇所ばかりを見つめないで、全体を見よ。相手の目をよく見て、心の動きを捉えよ。そんな意味だったような気がする。 目に入ったのは、先輩の後ろ姿。 このままだと、先輩は帰ってしまう。 「先輩っ」 振り向いた先輩の目を、まっすぐ見つめた。 怖い。けれど負けては駄目だ。誰でもない、自分自身に。 「明日も稽古、お願いします」 先輩はにっこり笑って、頷いた。
- 完 -