明日香はどのように彼を殺害するか考えていた。 最近、メールを返信しない彼。 話もしない、彼。 しかし、明らかに明日香は病的といっていいほど狂っていた。 彼、といっても彼氏ではないのだ。 無論相手は明日香の事を知らない。 明日香は、彼が好きだ。 しかし、あまりの好意さゆえに、幻想化してしまったのだ。 "彼と付き合っている"と。 明日香はまるで何者かに取り憑かれたように彼を見つめていた。
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「───ええ、今日も交差点の向こうに、はい、微動だにせずって感じで。はい、私は気がつかないように振る舞ました」 話しが終わり携帯を切ると長くため息を吐いた。電話の相手は警察だった。遭遇した日は報告の電話をする。 見られている気はしていた。 俺が電車を降りると向かいのホームから、交差点では反対側から。 休日に俺のマンション前にいたことで俺は確信した。 この女はストーカーだ、と。
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見られてるだけなら警察に通報しない。 帰宅してポストを見ると、あの女からの手紙が山ほど。届いていた俺あての手紙は、全部開封されていた。 どこで調べたかわからないが、メールが一日何通も届く。拒否をしてもすぐに別のメアドから届く。 【前世から貴方を見ていました。】 手紙やメールの内容がオカルトまがいになったとき、取り殺されるという恐怖心が芽生えた。通報して接近禁止令が出てからは、届かないが。
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―どうしても、貴方が私を拒絶するなら いっそ壊してしまいたい。 そして貴方の隣で死ぬの。 ロマンチックでしょ? 大丈夫、来世ではちゃんと結ばれるわ。 それが、私達に約束された"運命"なんだから。 ―でもそれは最終手段。 「ショックを与えれば、思い出すかしら」 明日香は真新しい出刃包丁を、通学鞄に忍ばせた。
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明日香は高校生だった。学校でほとんど友達もいない、目立たない生徒だ。 そして、明日香の想い他人は社会人だった。 その日、学校から帰ると、いつもの交差点に立った。人通りは少ないし、彼はここを通らなきゃ家に帰れない。 確実に触れ合うことが可能だと明日香は思った。今までは遠くから見るだけだったけど、今日は真横まで行って首を掻き切るの。 思わず笑みがこぼれる。 しかし彼は来なかった。
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彼のマンションを訪ねると、部屋の郵便受に粘着テープが貼ってあった。 「そちらの部屋の人? 引越されましたよ。実家に戻るとかなんとか」 調べても、彼は見つからなかった。突き止めたメールアドレスもすでに解約されていた。 ──彼の実家。 明日香は彼の従姉妹を装い、彼の会社に電話してみる。彼の上司をつかまえ、うまいこと彼の実家の情報を聞き出せた。さすがに詳細まではわからなかったが、最寄駅は突き止めた。
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明日香は週末になると、ありったけのお小遣いを持ってすぐさま電車に乗りこんだ。 3回ほど乗り換え、鈍行列車で片道2時間。 決して近くはないが、彼のことを考えていたらやがて到着した。 駅を出ると、田植えを終えたばかりの田んぼが広がっていた。 ここからは人に聞きながら彼の実家を探すしかない。 しかし、明日香の心は高揚していた。 まるで結婚の挨拶をしにいく婚約者のように。
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そうして胸をドキドキさせながら、道行く人に話しかけていく。 みんながみんな訝しげな顔で話を聞き、それでも親切に彼の家への道を教えてくれる。 教えられた通りに進むと、草木が生い茂る道へと着いた。こんなに自然豊かなところで彼は育ったのかと、なおも心躍らせている明日香。 道に迷ってはいけないからと、最後に近くを通りかかった人に再度確認すると、ここからは一本道だから迷う事はないと教えてくれた。
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真っ直ぐ歩くだけ。 真っ直ぐ歩くだけで彼に会えるんだ。 明日香の心はときめいていた。 会えれば。 会えさえすれば。 殺せるんだ! 明日香は立ち止まってニンマリする。 彼の実家を見つめる。 地方によくある普通の農家のようだ。 「よくここまで来たね?」 彼の声が背後からして振り返った。 グサッ! と刃物の刺さる音。 俺は女の死体を見ながら思った。 「逆ストーカー殺人、今回も成功したぜ!」
- 完 -