ファミリーサイズの アイスクリームを買った。 甘くて美味しい バニラアイス。 クリーム色の絹みたいに 滑らかな表面に、銀の匙を 突き刺す。 最初の一口を掬って口に 運ぶと甘い幸福感にとろけた。 もう一口と、匙でアイスを 掬って、私は絶句した。
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掬って出来た穴 その奥が何やら動いた。 虫食い!? 走る鳥肌を摩り すぐに思い直す。 これは甘くて冷たい バニラアイス。 虫など棲めるはずもない。 じゃあ何だろう。 注意深く アイスの表面を観察した。 また動いた。 モコモコっとして突然 何かが飛び出す。 思わず叫ぶ。 と、 叫び声がもう一つ。 恐る恐る見ると、 穴から金の匙がちらり。 そして、 穴の奥には その金の匙を持つ人が。
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姿形は人間そのもの。けれどもそのサイズと言ったら親指さながら。 私は銀の匙を取り落とした。 フローリングが高く鳴る。 少し遅れてアイスのカップも投げ捨てた。 ソファーの上に足まで避難させ、首を伸ばして覗き込む。 横倒しになったカップから モゾモゾと這い出して来たのは 立派な口髭の親指人間。 全身バニラアイスまみれ。 ドタトテドン。 ずるりと最後に滑る滑る。
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スルスルツルツルくるるるる。 親指人間はフローリングの上を腹這いになって回転しながら滑って止まった。 どっこらしょ。 小さな身体だけど恰幅は良い親指人間。 立派な口髭に付いたバニラアイスを撫で取ると、その手に付いたアイスをペロリと舐めた。 「はっ!」 「ハッ!」 ヤバイ!思わず目が合い、私はソファの背凭れにサッと身を隠す。 ひっそりと鎮まり、恐る恐るチラリと様子を伺うと。 ぎゃ!
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その親指人間は私の目と鼻の先、鼻に触れるか触れないかのところにちょこんと立っていた。 「・・・・・。」 「・・・・・・・。」 なんだ、こいつは? 何か考えているのだろうか、じっと私の目を見据えている。 双方一言も発さず、そろそろ黙っているのにも限界がきたころ、その親指人間は深々と息を吸い込むと、威厳たっぷりの調子で言った。 「わたしはゲートを通ってやってきた、 小国の王である。」 小国…?
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「さよう。王国の中にある庭園を散歩していたら、バニランの木の根が空洞になっているのをみて、中を覗き込んでみたら甘い匂いがしてのう。幸いにもスプーンをもっておったので食べてみたらなんと美味な事。この甘きものに心を奪われていたら…なんとここまで来てしまったのだ。」 険しい道のりだった…と肩を落とす親指小人、否、小人王。 …いやアイス食べてただけじゃん。 ポカーンとする私をよそに、王様はこう続けた。
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「これほど甘美な味わいのするものをわたしは口にしたことがなかった。このアイスを是非とも我が国に持ち帰りたいのだ。小娘、支度をせい」 いばるように小国王は言った。 デコピンで壁にたたきつけてやれそうな姿。 威厳もへったくれもない。 ともあれ、変にプライドを傷つけ、怒らせてしまうのも面倒だ。 「王様、気に入られたのでしたらどうぞ持って帰って下さい。しかしながら、このバニラアイス、溶けかけです」
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「むむ、ならばどうすればよいのだ」 できれば、得体のしれない小さな王様には、早めにお帰りいただきたい。 私は多少の犠牲を覚悟した。 「冷凍庫に同じアイスクリームがもう一つございます。保冷剤をつければ2時間くらいまでは持ち歩けます」 「うむ、支度をせい」 私は急いで断熱のパックに保冷剤とアイスを詰めて、小人王へと差し出した。 そして気がついた。 この王様、どこからどうやって帰るんだ……⁉
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そんな事を考えていると、見透かしたかのように王様は言った。 「ほれ、小娘、違うバニラアイスをだせ」 ...?バニラアイスなら今渡したはずだが。 「ほれ、はようせい。」 私は仕方なく新しいアイスを取り出す。
- 完 -