雲雀屋怪事件

雨の軒先に、提灯が下がっている。
表面は大粒の雨垂れにはたはたと濡れ、時折風にふぅわりと揺れた。
『雲雀屋』
灯りに黒々と書かれた文字の下を、蛇の目傘もなく訪う女がいる。

がらりと戸を開けた女は、ぽたぽたと髪の先から雨粒を滴らせながら、目を眇める。
「おや、姐さん。何か用かい?」
「雲雀。ちょいと頼まれてくれないかい?」
女の問う先、店の奥には、着流しに煙管を斜に咥えた、涼しい目元の男が一人。

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「まあ上がって。夜鷹の姐さん。外はまだ寒かろうに、一体何用かね?」
雲雀は夜鷹に手ぬぐいを差し出した。
「ふふ、こんな私でも心配してくれるのかい。相変わらず優しいねぇ」
夜鷹は手ぬぐいを受け取ると、艶やかな黒髪を撫でるように、そっと水滴を拭った。
「ついでに私にも一服おくれよ」
あらかた拭いきると、夜鷹は懐から煙管を取り出した。
雲雀が火を貸してやると、二人分の紫煙が部屋を満たした。

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「向こうの辻で殺しがあったのは知ってるかい?」
紫煙の中で、夜鷹が徐に語り出した。
「庄屋さんとこの若旦那が、何者かに後ろからばっさりだとか」
「ははあ、それでここに」
「大旦那に泣きつかれちまってねえ」
雲雀は困ったように眉を顰めた。
確かに彼はこれまでにも幾度か、その知恵を用いてお上が持て余す事件を解決に導いたことがある。が、本職の同心でもないのに、事ある毎に厄介事を持ち込まれては堪らない。

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それでも無碍に断らないのが雲雀の憎めないところである。
お上に任せておけばいいような事件を、大旦那が泣きついたのには理由がある。煙管の煤を払うと、雲雀は夜鷹に子細を尋ねた。夜鷹が語る事の顛末を、墨を浸した硯に筆先をつけ、雲雀は紙の上に書き表していく。

「大旦那もそれは難儀であったろうね」

辻斬りの経緯は、若旦那の懸想していた夜鷹の同業の女の存在があった。

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若旦那はこのご時世に珍しく、真面目な男であった。女遊びなぞ興味の無いといった風だったのが、夜鷹の茶屋に若い娘が入ってからは通い詰めだったらしい。その若鮎という娘にすっかり入れ込み、とうとう駆け落ちの約束まで結んだのだとか。

「家の恥を他所様に知られたくないってんだろうね。勝手だねぇ」
とんとんと煙管の燃え滓を落としながら夜鷹は言う。
「それでどうして人斬りなんて物騒なことになったんです?」

古都の三日月
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「さあね。街の話じゃ、懐の財布が銭が抜かれて放っぽり投げてあったんで、物取りの仕業じゃないかって言ってたけど」
「ほお」
「けど私の勘じゃ、この件には裏があるとそう睨んでる」
「…姐さんの勘は当たるからなぁ」
「で?やってくれるのかい?」

雲雀は少し眼を瞑った後、艶やかに煙管をしまう夜鷹を上目遣いで見つめ、一言呟いた。

「…人斬りの場所まで案内願いますかい?」

hyper
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例の場所は静かだった。元々賑やかな辻ではないらしいが、人斬りなんてあれば尚更だろう。
流石に後始末が済み、事の痕跡は皆無だが、空気が澱んでいる気がする。

「若旦那はこんな所に?」
「よっぽどの用かねぇ」
「駆け落ち…?」
「あの子はそんなこと出来ないよ。渦中なら尚更さ。疑われてはいるみたいだが」
「確かに。そうなると、二人の恋仲をよく思わない輩ですかねえ。恋敵か、もしくは弱みを握られたか…」

haduki
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雲雀が声を潜める。長屋の陰から人の姿が現れたからだ。
「あれは」
「ここの長屋連を取り纏める八兵衛の妻だね」
夜鷹も一通り聞き込みをしているようで、すんなりと答えた。

「妙に辺りを窺うような素振りだが、何か事件に絡んでいるのだろうか」
「さあ。人当たりの良い印象だったが、何か臭ったね」
夜鷹が言った時だった。妻が長屋の井戸に風呂敷で包んだ何かを放り込んだ。これは。

「お待ち下さいな、奥さん」

ユリア
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びくりと肩を震わせると、妻の背が裂け、中から鎌鼬の妖怪が姿を現した。

「成る程。若旦那を殺ったのはあんただね」

雲雀がヒラリと舞い、鎌鼬に煙管の煙を吹きかけた。鋭い悲鳴をあげた鎌鼬はするすると小さくなって消えた。

「あの奥さん、妖だったのかい!?」

「どうやらそのようだ。大方、若旦那に正体がバレたから殺したってところか」

井戸の中には若旦那のであろう抜き取られた銭が散らばっていた。

トーマス
- 完 -

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