――夜空に轟く誰かの悲鳴が、狂気のステージの幕開けの合図。 その殺人サーカスの噂を教えてくれたのは、私の友人のルーカスだった。 「"ルナティック・サーカス"って言うんだ」 ルーカスの口ぶりは、まるで殺人サーカスのことなど信じていないようだった。 「怖いわ」 青ざめた私をからかうように、ルーカスはにやりとして、懐から一枚の紙を取り出す。 「俺さ、もらったんだよ。ルナティック・サーカスの招待状」
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黒い背景に赤い文字で"ルナティック・サーカス"と書かれており、'いかにも'という感じのおどろおどろしいフォントで印刷されている。その招待状の右下には気味の悪いピエロのキャラクターが不敵な笑みを浮かべている。 「なぁ、この不気味な感じ最高だろ?試しに行ってみようぜ。」 好奇心旺盛なルーカスとは真逆に私は全く行く気にならなかった。恐らく先程のピエロのキャラクターは今夜の夢に出てくるだろう。
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「でもこの招待状、開催日時が書いてないんだよな」 「誰かの悲鳴が開幕の合図、そう言ったのはルーカスじゃない」 私の言葉に、納得した様子のルーカスは、招待状を見つめていた。 「今気がついたけど、場所書いてないんだよな」 今度はルーカスの顔が青ざめていった。 私はルーカスの手から招待状を奪い、何かヒントがないか探していた。すると、それまでなかった文字が浮かび上がってきた。 ”始まりはこの街のどこか”
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「この街のどこかで始まるんだって。だったら、始まったらきっとここからでもわかるんじゃない?」 私がそう言ったが、ルーカスはまだ青ざめた顔をしている。 「ちょっと、さっきからどうしたの?行きたいって言い出したのルーカスでしょ?」 ルーカスもやっぱり行くのか嫌になったのだろうか。私はそう思い安堵した。 その矢先、ルーカスが呟いた。 「もしかして誰かの悲鳴って、招待状を貰った俺達の事じゃないのか…。」
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「ちょっと待ってよ‼︎それって、かなりヤバいって事じゃないの⁉︎嫌よ!私、そんな所絶対行かないからね!」 「まあ、大丈夫だって。まだ昼間だし、突然何か出て来たって、悲鳴上げる程怖くないよ…多分」 「ちょっと多分って…」 私は彼の言葉に唖然とし、一瞬彼から目線を外した。 と、その時だった。 「!」 私の目線の遠くの方に、驚くべきものが映った。 それは、招待状に描かれたのと同じピエロだった。
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白昼に忽然と現れたピエロは、ジャグリングしながら、おどけたステップで行進してくる。 見た目は招待状ほど怖くない。 しかし普通とは違う‘何か’に引っかかりを感じて、私もルーカスもピエロに視線を注いでしまった。 そして── 「ねえ、ルーカス!あれ…‼︎」 「……ひィっ!」 悲鳴は否応なく出た。 出てしまった。 宙を行き交う飛び道具が、人の手足だと気付いたから。 招待状に新たな文字が浮かび上がる。
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“本日、只今より開演” 「か、返す!」 慌てて招待状をルーカスに返そうとするが、彼は顔を蒼くして受け取らない。 押し付けあっているうちに招待状は私たちの手から離れて、ひらりとピエロの方へ飛んでいった。 ピエロはシルクハットを脱いで、投げ回していた人の手足を器用に放り込むと、飛んできた招待状を掴んだ。 直後、辺りが夜のように暗くなった。空には赤みがかった大きな月が、ぼんやりと浮かんでいる。
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赤い月は見る見る間に細い三日月へと痩せていくと、まるで血塗られた大鎌の様に見えて来た。 いや、見えて来たのでは無い!それはまさしく死神の鎌だ! ピエロは赤い鎌を手に取ると恭しくお辞儀をし、 「レディス&ジェントルマン。お待たせしたね。ルナティックサーカス、狂気の舞台の開演だよ!ケケケケケッ!」と、不気味な笑い声を響かせ、鎌を二回、ブン!ブン!と振り回した。 私達はその場を逃げ様と走り出した!
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左手をご覧アレ。あちらに見えるは月の輪熊。身の丈余る球に乗れたなら拍手喝采! 右手には月兎。細い綱を渡れたら拍手喝采! それは肉塊を丸めた真っ赤な球で、手足を繋いだ綱だった。 逃げた先でピエロの身体にぶつかった。 「最後はお客様にもお手伝い頂こう。足りないのはジャグリングの頭数。月夜にポンポン舞ったなら拍手喝采!」 冷たい刃が闇を裂く。 ピエロの笑みを残し、真夜中のサーカスは紅い幕を降ろした。
- 完 -