夢をみた。 辛く悲しい夢だった。 寝ながら涙が出るなんてほんとに不思議な生き物よね、人間って。 と、目を擦りながらいつものコーヒーのプルタブをあけ 一気に飲み干した。 「さぁ、仕事にいかなきゃ」 私の仕事はゲームセンターのスタッフ。 低時給のバイトのようなもので精一杯コキを使われている。 転職も考えたが今は就職氷河期。 ここで我慢するしかないのだ。 「おはようございまーす」
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いつものように制服に着替えて、今日もまたつまんない1日を過ごすんだなぁなんて考えながら掃除をしていた。 ふと、1台のゲーム機に目が留まった。「えっ?こんなゲーム機昨日まではなかったはず。今日、新しい機種が入るなんて聞いてないし。」不思議に思いながら近づき見てみるとゲーム機には「未来就職体験ゲーム」と書いてある。
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・・・未来就職? 最近は10代の少年少女向けに就職というものを楽しく実体験させるアミューズメントパークが人気という。 これもそんな類だろうか。 「私が子供の頃にこういうのがあれば...」 中学、高校と友達と遊びほうけ、なんとなく行った大学でも就職なんて遥か先の事のように思えて。 なんとなくバイトで入ったこのゲームセンターで社員採用され3年目。 人生がなんとなく流れていってしまっている。
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「ちょっと試してみようかな」 開店までまだ時間がある。鍵でコインボックスを開けボタンを押した。 タダでゲームができるのは店員の特権なのだ。店長に見つかると怒られるけど、幸い今日はお休み。 イスに腰掛け、説明書きを読む。備え付けのヘルメットをかぶり、右のボタンを押すと始まるらしい。止める時は左のボタンを押すようだ。 私は説明書きに従い、ヘルメットで頭をすっぽりと覆う。 そして、右のボタンを押した。
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ピー… 刹那の機会音。 「こんにちは。未来就職体験ゲームです。ただし、ただのゲームではありません。このゲームをするにあたり、あなたから、あなたが体験したい職業に相応する"代価"をいただきます。」 「代価?」 あやしい。俺は思った。 だが、疑念よりも好奇心のほうが優っている。 たかがゲームだろ。そんな気持ちから、俺はゲームをすることにした。
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ん? 何か今おかしかった? 左ボタンを押してゲームをポーズする。 私?いや俺?別に普通だよな。 うん、おかしくなんてない。 というかたかがゲームなんだから細かいことは気にしない、気にしない。 そんなことより対価とはなんだろうか? 右ボタンを押すと機械がまた音を立てて説明を続ける。 『対価を確認いたしました。それではあなたの体験したい職業へご案内いたします』
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え、対価?私の体験したい職業?まだ何も選択してないのにどうして勝手にゲームが進んでいくのだろう? 私は疑問を通り越して気味の悪ささえ感じていたが、ゲームの方が確認したというのだから確認したのだろう。私は首を捻りながらも次の展開を待つことにした。 すると突然ふっと意識が飛ぶような感覚がして、目の前が真っ暗になった。 私はいよいよパニックを起こしかけたが、次に気が付いたときには更に驚いてしまった。
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そこはハローワークだった。 就職希望者が入り乱れていて、年中騒がしい世界が広がっていた。 私は分からなくなってきた。ゲームをしていたはずだ。 しばらくして、声が天井から聞こえてきた。 「ようこそ。14565528人目の希望者よ。このハローワークには青いドアと赤いドアがある。青いドアは就職体験ができるだけだ。赤いドアは、就職ではあるが体験ではない。どちらを選ぶかはお前次第だ。」
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何故あの時私は青い扉を選ばなかったのだろう。赤は停止スイッチの色。赤い扉を選べば現実へ戻れると思っていた。だが違った。私は未来のゲームセンターに就職し、信じられない程の高給を貰っている。未来のゲームセンターにはワクワクする様なゲームが沢山ある。ゲーム好きの私にはたまらない。 だが私は二度とゲームをプレイする事は出来ない。何故なら私には両手が無い。それがこの就職の代価だったのだ。何故あの時ーー
- 完 -