中学二年の春。 私は同じクラスになった石松君の事が気になっていた。 それは一目惚れとか、そういう類のものじゃなくて、ただ苦手だなぁと思っていただけであって。 中学一年の頃は石松君とは隣のクラスで、その頃から石松君は怖いイメージが強くて、あいつとは関わらないようにしようって、なんとなく自分の中で決まりを作っていた。 そして二年の秋、私は石松君と隣の席になった。
- 1 -
隣だからといって、仲良くなれ、なんて決まりはない。次の席替えまで一ヶ月、耐えればいいのだ。 数学の授業中、私はちらりと石松君を盗み見た。問題を解き終わってしまって、暇だったから。深い理由は特にない。 石松君は柔道部らしい。背がとても高くて筋肉質。私は大きい人が苦手だ。しかも彼は目つきが悪い。常時何かを睨んでいる。 「すみません」 そんなとき、他人行儀な言葉遣いで石松君が私に話しかけてきた。
- 2 -
「は、はい?」 ビクッと肩が跳ね声が裏返ってしまった。見てたのがバレたかな。何を言われるのだろうとビクビクしていたら。 「あの2の横なんて書いてあるか読めますか?」 「え、あ、あぁ!a´-5です」 「あーなるほど。ありがとうございます」 「あの先生無駄に筆記体で小文字書くから読み辛いですよね」 つい思っていた事を言うと、石松君はそれな、と言わんばかりに頷いている。
- 3 -
話してみると印象が大分違っていて驚いた。 やっぱり見た目だけで人を判断するなんて良くないよね。 その日から徐々に石松君と話す機会が増えた。 勉強の事や部活の事。 意外にも趣味が読書。 同じ作家が好きで、オススメなんかも教えてくれる。 意外といい奴それが今の印象だった。 そんなある日の事、事件は起きた。 「私…石松君が好きなの。告るの手伝ってくれないかな?」 そんなお願いを友人にされたのだ。
- 4 -
きっと友人は、石松君の隣の席だったから私を頼ったのかもしれない。 「うん、いいよ。私も最近話すようになったから石松君の事あまり知らないんだけど協力するよ」とありきたりな返答しかできなかった。 友人はありがとうなど他にも色々言っていた気がしたが、なぜだろう…あまり頭に入ってこなかった。
- 5 -
「石松くん、ちょっといいかな」 教室で本を読んでいた石松くんに話しかける。 「何だ?」 石松くんは本を閉じる。 石松くんの読んでいた本の表紙が見えた。 いつか私が勧めた本だった。 胸がしくりと痛んだ。 この痛みは何だろう? けれど私はそれを無視して、本題を切り出す。 「あの子が」 そう言って、教室の出入り口に立っている友人を指差した。 「石松くんに用事があるんだって」
- 6 -
彼はまず私を見て、そのあとあの子を見て、もう一度私に目を戻す。 「ふーん。おっけ。」 私に向けられた目つき。 まるで、あの日、初めて石松くんと話したあの日の、黒板の気分だった。 どんな用事か、わかんないけど。 そう言いたくても言い出せず、言えたとしても届かないような距離に、既に彼はいた。 なんて遠い距離。 私の胸はもう一度、しくりと痛んで、きゅううっと鳴った。
- 7 -
「待って」 口に出すつもりじゃなかったのに言葉が溢れでてしまった。驚いた顔の石松くん。そりゃそうだ。私が用事があるって教えたのに引き止めるなんて。 「何?」 「……ごめん、なんでもない」 早く行って。 そう思って、人差し指をドアの方へ向けて伸ばした。幸い友人に会話は聞こえていなかったらしく、ドアの前に立ったままこちらを見ている。 石松くんは友人の元へ行ってしまった。急に喪失感が襲ってきた。
- 8 -
「待って」 は…? 覆っていた目を開いた。 石松くんが歩いてくる。立ち尽くしたまま、上を見上げると、石松くんが言った。 「用事あっから、聞いといて。」 まごついている友人を待てなくなったらしい。 「あ、え…。」 また私がもたもたしている間に、石松くんは教室を出て行った。 「告白なら、御断り致します〜!」 意外な石松くんの声。 延長戦に備え、心の中で気合いを入れ直して、石松くんを追いかけた。
- 完 -