この教室も明るくなったな。 琥珀は、彩草と書かれたノートを持ちながら笑い合う十人の少女たちを見てそう思った。 僕らも交換小説やろうよ。 琥珀の言葉に、少女たちを羨んでいた仲間がぞくぞくと集まる。 琥珀、紅、玻璃、翡翠、蛍、天河、瑪瑙、虎目、珊瑚。 煌めく9人の少年だ。 琥珀は、紅への部活での感謝の気持ちを物語に書いた。良い言葉が見つからず丸一日頭を抱え込んだ結果だ。
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「ちょっと恥ずかしいけどね…」 琥珀は僕の目を見ずにノートを渡し立ち去った。こそばゆい気分で僕はノートを開く。 夕陽を浴びてトラックを走る2人の少年…琥珀と僕だった。いつまでも一緒に走っていたい、そんな想いが角ばった文字に溢れていた。素直に嬉しかった。 新しいページに、輝く海の中で泳ぐ二匹のイルカをモチーフに作品を繋ぐ。 プールで優雅に泳ぐ玻璃と、追いつこうと一生懸命な僕をイメージして…
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「女子か! イルカとかお前女子か!」 瑠璃は紅につっこむ。 「ルリちゃんうるさい」 「その名前で呼ぶな!」 苛々しながらも、瑠璃は次の物語を紡ぐ。 翡翠の宝石にまつわる不老不死をテーマにしたSF小説だった。 老いいく王は翡翠を手に入れたことで、一つの過ちに気がついていくのだ。 「ルリちゃんが僕をテーマにしてくれるだなんて嬉しいですね」 翡翠は眼鏡をクイッと持ち上げた。 「おいこらてめえ」
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軽口を叩きながらも、翡翠は口元が緩むのを必死に堪えていた。口は悪いがみんなに公平で明るい玻璃に何度救われたことか。 翡翠が紡いだのは、夏の夜に勉強に疲れた主人公が出会った幻想的な風景の物語。川べりに現れる蛍の群れ。儚い星のような美しさを丁寧に描写する。その景色に、主人公は希望を見出していく。 主人公は翡翠自身でもあるのだ。 どこか夢見がちで線の細い蛍へ、変わらないでほしいとメッセージを込めて。
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以前から一人でも小説を書いていた。 だからこそ蛍は頭を抱える。 翡翠の文章は自分を主人公としながらも、後への配慮に満ちている。 …こんなの、書けない。 劣等感に打ちのめされた。力不足を痛感させられて、苦しい。 …やめようか。 でも、関わっていたい。その執念でペンを動かした。 蛍が紡いだのは、破壊と再生の物語。発光し破裂する地球、そして蘇る少年。 …僕は、これから何色にもなれると、信じて。
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物語なんてどう書けばいいんだよ…。 自分の番が来て、天河は途方に暮れた。興味は以前からあった。だが、方法を知らない。 不器用で思慮深い蛍が紡いだ小説は、内容こそ壮大だが、そこには彼の迷いや切実な想いが浮かんでいた。 素直な気持ちを言葉に乗せればいいのだ。 そう思うとすらすらとペンが走った。 それは、天の河を駆け遊ぶ馬。彼が地に帰る際、いつも指標としている、堅実で美しい瑪瑙の灯台の物語だ。
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驚いた。と同時に、嬉しい。 瑪瑙は天河の物語に微笑んだ。 自由奔放で豪快明解好きな天河は、あらゆる可能性を探り複雑な物言いをする瑪瑙を面倒に感じているのでは、と思っていたからだ。 僕も僕らしく、と瑪瑙は白いページに赤茶色の文字を綴る。 古代文明の謎を解く考古学者の知恵と勇気の冒険物語だ。エキゾチックに照り返る虎目、その縞模様に秘められた暗号を解き明かし、幻の王国へ辿り着く。魅惑と好奇心の世界。
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瑪瑙の物語に、虎目の瞳はキラキラと輝き出す。 落ち着きがなくて、トラブルメーカーである自分を、優しく受け止めてくれる言葉達。 溢れ出る笑みを隠そうともせずに、虎目は机に向かった。 碧い海。 一人波に攫われてしまった珊瑚は、とある異国へと辿り着く。 そこで出会う賑やかな仲間たちと、海を守ろうと力を合わせる物語。 いつも個性豊かな仲間をまとめてくれる珊瑚へ、たまには頼ってよ、という想いを乗せて。
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珊瑚は熱くなった目頭を強く押さえた。 自分がこんなにも頼られ、また感謝されていることを、珊瑚は知らなかった。 このノートは、なんて美しいのだろう。この仲間は、なんて愛おしいのだろう。8人それぞれの笑顔を思い浮かべて、珊瑚は涙する。頬を伝った雫はノートの裏表紙に落ち、一瞬だけ珊瑚色に発光した。 そして珊瑚は言葉を綴る。 9つの宝石が空へと舞い上がり、彩りをもって世界を染め上げる、神秘的な物語を。
- 完 -