青年は薄暗い部屋の中にいた。 藍色の生地に仔犬の柄をしたカーテンを閉め切っていたので外の様子は分からない。薄暗さから恐らくは朝か昼なのだろうが、青年には時間を知る術は無かった。 部屋の狭さは六畳程だろうか。部屋には不釣り合いに大きいベッドのせいで余計に狭く感じる。ベッド以外には子供の勉強机があるぐらいだった。 一人暮らし特有の生活感から切り離されている事から、一軒家の一室であると推測できる。
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リアル脱出ゲーム。 最近流行りの体験型イベントだ。 青年が昨日参加申し込みを済ませると、目隠しをされ、薬品のようなものをかがされて意識がなくなった。 気がつくとこの部屋にいたというわけだ。
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望んで参加したとは言え、金を払ってこの待遇──一歩間違ったら犯罪では無かろうか。 簡単なアトラクションだと思って申し込んで見たら、思いの外本格的で不安を覚えた。しかし既に納金は済ませた後だったし、引っ込みがつかなくなって今に至る。 それにしたって、詳しい説明が遅過ぎやしないか。まさか丸一日放置されることになるとは。 明日は仕事だ。さっさと脱出しよう。 手始めに机の棚を調べてみることにする。
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──あなたは選ばれし者です。この机を開ける勇気、誠に感服します。 この部屋は四方を単語で囲んでいます。 東は暴、西は死、南は乃南蟹、北には鍵 これを解いて脱出して下さい。でないと私は人殺しです。1分間に水が4L入ってきます。 制限時間は1時間。60×4=240Lですから部屋は水でいっぱいになりますね。では。 何だこれは。だがこれが本当なら俺は確実に死ぬ。東西南北?なんだこれは、暴死乃南蟹鍵?
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暴 死 乃南蟹 鍵 ボウ シ ノナカニ カギ って読んでいいのか?アナグラムとか? 探すまでもなく黄色い帽子───小学生がかぶるアレがある。どうせ鍵があっても脱出とはいかないだろう。 おっ、鍵・・・と 『おめでとうございます!コレでこの部屋を出れますよ?』 「?」は何だよ。 ガチャ あ、開いた。 そこは広いホール、意外にも何人か人がいた。
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女性が2人、男性が1人といったところだろうか。 どうしたらいいものか呆然としていると、先ほどまで女性とへらへら喋っていた男がにこにことこちらに近寄ってきた。 「こんにちはー」 年は大学生くらいか、男にしては華奢な体つきで、髪は明るい茶色に染めてある。 「いやー、思ったより簡単でびっくりですよ~!」 しかし、一呼吸置いてこう言った、 「でも、俺ら、まだ脱出できてないみたいなんですよ」 「え?」
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「どうやら、ホールからも脱出しなければならないようですね。」 縁なしの眼鏡をかけ、きちんとスーツを着こなした女性が、冷静に言った。 大学生風の男もそいつと同年代くらいの女も無言で頷く。 しかし、先程のようにヒントはないらしい。その代わり、変なものはたくさん置いてあった。 とにかく、何とかして脱出しなければ。 俺は、如何にも怪しそうな絵画を取り外してみた。 そこには"1629"と書かれていた。
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4人で協力し、他にも数字を持つアイテムを幾つか見つけた。数字は五十音に当てると別の物を示した。1629=赤い毛、15277=青い機器…等の物を全て集めると、奇妙なロボットに組み上がった。 電子声が響く。 『ホールは四方ヲ数字で囲んデイます。 東は5644 西ワ1297 南は388 北は9802 数字ガ導く東西南北に共通する2桁の整数を入力しタら、脱出でキマすヨ?』 そしてまた水が溜まり始めた。
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19を入力すると東西南北のドアが開き、大学生風の男女は思い思いのドアから出て行った。 「きっと正解は一つよ」スーツの女性が呟いた。 「東は暴、西は死。北は鍵で南は蟹?」 「蟹が一番マシかしら」 南のドアから出ると蟹づくしのテーブルの前でスタッフが敬礼した。 「脱出おめでとうございます、賞品の料理をどうぞ。ちなみに別のドアの賞品ですが東は拷問、北は幽閉、西は…。おや、皆さんお揃いではないようで」
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