大海原に、水平線の向こうから夕陽がまっすぐ一本道を描く日は、空を見上げてごらん。橙色に染まる空に、魚みたいな群れが見えるだろう。 きらきらと光を跳ね返し、雲の隙間と隙間を縫うようにして飛んでいる。そう、飛行船さ。 あれが我々、エスティーリャ飛行団。 幸せな思い出を燃料に、君を探して飛んでいるよ。もう何年も、何年も。 君を見つけるまで、我々の旅は終わらない。 さあ、今夜も一番星に向かって飛ぶんだ。
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僕がこの飛行団に入団し、第七番飛行艇の機関士見習いになって丁度一年が過ぎようとしていた。 通称《青い鳥》それが僕らが探し求めるもの。飛行団は僕なんかが生まれるずっと昔からこの青い鳥を求めて世界の空を旅している。 この一年も結局は見つけられず祖国に帰還したんだけどね。 明日は飛行団全員が艇を降り、王様に報告を兼ねて謁見となる。 僕は生まれて初めて王様に会うので、この数日間緊張が続きっぱなしだ。
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翌朝、団長が乗る飛行船ガスコーニュ号が王都イルーニャの時計塔に舫われたのを確認してから、僕らの飛行艇は王宮近くの湖に着水した。 「汚え身体を宿で洗い清めたら服を新調しに行くぞ。なんせ王様に会うんだ。ワシらも王国の勇士に相応しい格好をしねえとな!」 いつも厳しい機関士長が今日はご機嫌によく喋る。…と、機関室の伝令管から艇長の怒鳴り声が響いた。 『青い鳥の目撃情報あり! 我々は直ちに離水する!』
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僕は機関士長の隣の席に座ると、ヘッドセットをつけた。操縦桿を手にした機関士長は興奮した様子で、 「青い鳥を見つけたなら、王様へのいい土産話になるぞ」 と、まくし立てるような早口になっていた。勇んでいるのが目に見えて可笑しかった。 飛行艇は湖の上をゆっくりと滑走した。 フロートが水面を掴むと、プロペラが水を巻き上げ、霧を産む。離水するときの飛行艇は神秘的だといつも思う。 南方へ飛行艇は飛び立った。
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僕の好奇心は上昇気流と同じベクトルを向いていた。 両翼から水滴が振り落とされて陽の光に屈折する。まるで宝石を創り出した気分だった。 昔は王様も飛行艇乗りだったらしいから《青い鳥》にまつわる思い出を尋ねてみたかったが。噂によると王は思い出を燃料に使ってしまったと聞く。本当だろうか? 真南に針路をとり半日。機関士長がゴーグルを外して単眼のテレスコープを覗き、呻いた。 「こりゃあ、たまげたな…!」
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それは青いモルフォ蝶の大群だった。何千、いや何万という蝶が高度三万フィートの上空を乱舞している。 「もしかしてあれが…?」 「おうさ、あれが《青い鳥》よ。蝶の群れが集まって巨大な鳥のように見えるのさ」 機関士長のテレスコープを持つ手は興奮で震えていた。 「全速前進!蝶の後を追うぞ!」 群れの向かう先に何かがあるのだ。飛行団が長い年月をかけて追ってきた物が、まさかただの蝶の群れとは思えない。
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僕はその日、蝶の羽音と言うものを初めて聞いた。 「うわっ……!」 強い陽射しを受け、《青い鳥》がプリズムを放つ。今やそれは、何色とも呼べない光の塊となっていた。 「こいつをつけとけ」 機関士長から受け取ったゴーグルを装着すると、漸くまた視界に蝶の群れが戻る。進行方向の先に視線を送ると、僕たちはまたたまげることとなった。 「爺さんの作り話だと思ってたァ」 そう、絵空事の様な光景。
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そこにあったのは、巨大な水晶の宮殿だった。碧く透き通る煙水晶の柱が辺りに虹のしぶきを散らしている。 飛行艇を雲の側に停めて、僕らは宮殿に踏み入った。光が散乱するフロアの扉を開けるなり、僕らはあっと声を上げた。 そこに居たのは半透明に透き通る人影だった。一つ、二つではない、無数の人々が、光を受けて輝きながら犇いている。そのうちの一人は冠を被って幸せそうに微笑んでいた。 「王様、いや、王様の、思い出」
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「王様だけじゃねェ。俺たち飛行団が燃料にした幸せな思い出が、この宮殿に大切にしまいこまれてるんだ」 機関士長は別の何かを見て、柔らかな表情を浮かべていた。 「もうでるぞお前ら!」 機関士長が声を上げる。僕らは元の飛行船に乗り込みあの煌めく水晶の宮殿に別れを告げた。 また来れるかわからない幻の宮殿。僕らの宝箱。 僕は遠ざかっていく宮殿をいつまでもいつまでも見つめていた。
- 完 -