斬鉄の刀

「そなたを修羅の刑に処す」 修羅の刑、罪人は幕府に従い邪魔者を排除する刑。幕府は決して手を汚す事はない… 男の名は闘衛門。字の如く闘う者でそう名ずけられた。闘衛門は決定的に人間に必要なモノが欠落している、心が無い 「………了解した」 「うむ、それではこの者だ」 書には、邪魔者達の顔と名が記されていた。 「この者達を60日以内の排除するのだ、そうしたらお主の罪は拭おう」 「………了解した」

12年前

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闘衛門は邪魔者達を次々と斬り伏せた。背後には常に屍、屍、屍……。返り血を浴び続け真紅に染まった着物のまま、今日もまた斬り伏せ歩く。 期限残すところ十日、最後の一人を見つけた。 名は立岩残鉄。──幕府に仇名す組織の頭にして刀匠。──刀鍛冶だ。 「俺を殺しにきたのか」 「そうだ」 残鉄はしばらく考え、こう言った。 「わかった。俺を殺してくれて構わない。ただし、最期の一本を創り上げた後にだ」

cto

12年前

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闘衛門は考えた。残鉄は刀匠でありながら組織の頭となった男だ。多少老いたとはいえ、一度剣を握ればヤツは人斬りとなる。対してこちらは既に幾人もの猛者と刃を交えた身。戦の傷は少なくない。さらに江戸までは一日歩けば着くのだ、時間はある。 闘衛門は問うた。 「いつまで待てばよい?」 「……七日間くれ。それだけあれば充分だ」 そう言うと残鉄は仕事に取り掛かった。 無論、闘衛門は約束を守る気など毛頭なかった。

key

12年前

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闘衛門は残鉄に斬りかかった。 だが、残鉄は傍に置いてあった火箸で刀をチョイと受け止め、そのまま軽々と真っ二つに折ってしまったではないか。 「そんな刀では死ぬに死にきれん」 もう何人も斬ってきた刀は脂で鈍り、欠けさえしていた。 弱くなったところを狙ったのだろう。 残鉄は最後の仕事に戻った。

すくな

12年前

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熱くなった鉄を叩いて、のばす。 闘衛門は端から残鉄を眺めていた。薄汚れた布切れで額の汗を拭き、また、鉄に勤しむ。 「研磨をすれば完成だな」 「何故だ」 闘衛門には残鉄の意図がどうしても分からなかった。 「お前さんも漸く人間らしくなってきたじゃねえか」 残鉄は闘衛門におにぎりを手渡した。 「鉄は呼吸してるのさ。こいつらも生きている。俺を切ることができるのは、心を通わせたこの一本だけだよ」 こころ。

aoto

12年前

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それは闘いでは余計でしかないモノだ。 こころがあるから人は気分に力を振り回され、本来の全力を使うことができない。闘衛門はそう考える。 名は体を表すとはよく言うが、闘衛門は闘う事が一番である、と言われていたからこそ、そのこころというものが理解できていなかったのだ。 「その一本でなくても、斬れるだろう」 変化に乏しい、仏頂面で言う。 「はは、ムキになったか」 そう言うと、残鉄は笑った。

神木樹

12年前

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残鉄は刀を研ぎ始めた。目の荒い砥石から、細かい砥石へ。何度も何度も砥石を取り替えては丹念に研いでいく。 「見ろ。このままでも人を斬るには充分だ。だがな、こいつはまだ刀じゃない。刀の格好をしてるだけだ」 磨くうちに、刃は鋭い輝きを放ち始める。 誰もが惚れ惚れとする刀は、きっかり七日目に鞘に納められた。 「さあ完成だ。これはお前さんにやろう」 闘衛門は面食らった。残鉄は笑う。 「それで俺を斬れ」

lalalacco

12年前

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曇り一つない剣に、切れ味の心配は必要ないようだ。 「これは、お前に似ている」 言葉は自然と出ていた。 「ほぉ、お前さんがそんなことを言うとは」 にやつく残鉄に、剣を突きつける。 「切るのか」 「この剣は貰う」 「やると言ってるだろう、早く切れ」 残鉄の声を無視して剣を鞘に戻す。 「ここに邪魔者は居なかった」 「見逃せばお前さんの罪はより重くなるぞ」 「もういい、俺は心を理解できた」

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こころ とは即ち深く重くそれでいて潔く軽やかな矛盾する気の持ちようだ。切り伏せを目前にしても刀に打ち込み、満足の行く刀が出来た途端その刀をあっさり手渡す。 闘衛門は残鉄の行いに深い感銘を受けた。 「道を知った。今死んでも悔いはない」涙が頬を伝った。 次の瞬間──残鉄の金槌が闘衛門の額に強く打ちつけられた。 「こころが理解できたのなら悔いはなかろう」 薄れる意識の中で闘衛門はその通りだと思った。

cmjk1999

12年前

- 完 -