クロガラス、という名を聞いたことは有るかい? 咒(まじない)師の名前さ。おっと、ただの雑魚じゃあないぜ。 クロガラスは、隠された「悪」を抉り出す。 人が他人に隠している、どろどろとした、見たくないもの。それに力を注ぎ込んで、そいつを「悪」そのものとする。 ターゲットが隠して来た自らの「悪」に嘆き、滅んでいく姿を見て。 クロガラスは、笑うのさ。 さあ。 そろそろ、君の悪を、見せてくれたまえよ。

ナゾグイ

11年前

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そう言われて、僕は目の前の男がクロガラスであることに気づいた。 背を向けて逃げ出す僕の頭を、クロガラスは鷲掴みにした。指が頭蓋をすり抜け、直接脳髄に食い込む。僕は絶叫する。 胸に蘇るあの日の感情。 数年前、彼女を寝とった男を嫉妬に駆られて殺害した。逃れ難い僕の罪。 ──あぁ、誰にも渡すものか。 クロガラスは僕を離し、脳を掻き回した指を楽し気に舐める。 7つの大罪、嫉妬。 一つ目の悪が完成する。

11年前

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男の話を聞いて儂は戦慄した。 逃げなければいけないのに、足はがくがくして動かない。クロガラスの指が儂の脳髄を掴む。子供がお菓子を手掴みで食べる様だ、と儂は思った。 食べるー 珍味とされる、数少ない魚。ある男が苦労の末に手に入れたその魚を、儂は奪い取った。男の苦労を水の泡にした罪。 ーー食べたかったのだ。 クロガラスは「食われたら堪らん」と逃げ出した。 7つの大罪、暴食。 二つ目の悪が完成する。

Piano

11年前

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男のギラリと光った鋭い瞳に背筋が凍りついた。踵を返し逃げようと振り返ったその時。クロガラスは勢い良く私の脳髄を掴み抉った。 意識が落ちる瞬間ふと思い出した。昔私は職場で出会った妻と子供がいる上司と不倫をしていた。最初こそ肉体だけの関係だったものの私達は"故意"に落ちた。醜い罪。 クラガラスは「色のついた欲は醜いな」と妖し気な笑みを浮かべた。 7つの大罪、色欲。 三つ目の悪が完成する。

ちゃむ。

11年前

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男が、手を伸ばしてこちらに迫って来ていた。クロガラスか、と気付いたときには遅かった。細い指が頭蓋を砕く。酩酊する意識の中で、垂れた己の脳髄を眺める。 食事を与えずにいると、子供は死んだ。腐ってゆく死体を眺めながら、酒を飲む毎日。何も感じなかった。無関心が生んだ、私の罪。 クロガラスが私を蹴飛ばすと、空の頭蓋が小気味良い音を立てた。 7つの大罪、怠惰。 四つ目の悪が完成する。

11年前

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クロガラス、小耳に挟んだ都市伝説と、目の前の男を結び付けるのは容易くはなかった。 何故なら、「男がクロガラスだ」と確証を得る前に、既に脳髄を抉り取られていたからだ。 あぁ、欲しい。 あれが欲しい、それが欲しい。 手に入れるために売ったものは数知れず、その中に、自らの家族さえも含まれていた。 「欲しがった男が、最後に奪われるとはね…」 鴉が皮肉に笑う。 7つの大罪、物欲。 五つ目の悪が完成する。

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男の匂いが鼻に付く。苛立ちを煽るような嫌な匂いだ。なぜ俺がクロガラスに狙われなければならないのだ。抉られた頭蓋から脳髄が掴まれていた。 奴が憎い。 自分の仕出かしたことを悔いる素振りもなく、「自己犠牲の勇者」とすり替えて嘯く年増女が許せなかった。 それは正しい真実ではない。怒りが為に荒ぶる感情が身を焦がす。 クロガラスが冷ややかに笑みを浮かべている。 7つの大罪、憤怒。 六つ目の悪が完成する。

aoto

10年前

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クロガラスだか何だか知らないけどあたしに何か関係あるの。咒師如きが触れていい物ではないのに、あたしの脳髄の軋る音が聞こえる。 生まれもっての違いよ。 あたしなのだからあたし以外があたしに傅くのは当たり前だわ。 あたしはあたし。それだけで素晴らしいの。 でもそうね。あたしも一度くらい誰かを羨んでみたいわ。 クロガラスは皮肉っぽく笑う。 7つの大罪、傲慢。 七つ目の悪が完成する。

ワタル

10年前

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全てが完成した折に、丁度良く咲いた月下美人。それをクロガラスは愉快に愛でていた。 羽を毟る音がする。 六道を流離うクロガラスも七つ目の大罪に箍が外れた。悪の虜は闇の眷属に、もはや夜は明けない。 羽を毟る音がする。 「もう一度やり直せるなら、温もりの側に居たい」 それが彼らの終わりの言葉だ。 クロガラスは薄気味悪い笑みを浮かべた。 羽を毟る音がする。 クロガラスのモノガタリ。 終劇。

唐草

10年前

- 完 -