咒

クロガラス、という名を聞いたことは有るかい?
咒(まじない)師の名前さ。おっと、ただの雑魚じゃあないぜ。
クロガラスは、隠された「悪」を抉り出す。
人が他人に隠している、どろどろとした、見たくないもの。それに力を注ぎ込んで、そいつを「悪」そのものとする。
ターゲットが隠して来た自らの「悪」に嘆き、滅んでいく姿を見て。
クロガラスは、笑うのさ。

さあ。
そろそろ、君の悪を、見せてくれたまえよ。

ナゾグイ

- 1 -

そう言われて、僕は目の前の男がクロガラスであることに気づいた。
背を向けて逃げ出す僕の頭を、クロガラスは鷲掴みにした。指が頭蓋をすり抜け、直接脳髄に食い込む。僕は絶叫する。

胸に蘇るあの日の感情。
数年前、彼女を寝とった男を嫉妬に駆られて殺害した。逃れ難い僕の罪。
──あぁ、誰にも渡すものか。

クロガラスは僕を離し、脳を掻き回した指を楽し気に舐める。
7つの大罪、嫉妬。
一つ目の悪が完成する。

- 2 -

男の話を聞いて儂は戦慄した。
逃げなければいけないのに、足はがくがくして動かない。クロガラスの指が儂の脳髄を掴む。子供がお菓子を手掴みで食べる様だ、と儂は思った。

食べるー
珍味とされる、数少ない魚。ある男が苦労の末に手に入れたその魚を、儂は奪い取った。男の苦労を水の泡にした罪。
ーー食べたかったのだ。

クロガラスは「食われたら堪らん」と逃げ出した。
7つの大罪、暴食。
二つ目の悪が完成する。

Piano

- 3 -

男のギラリと光った鋭い瞳に背筋が凍りついた。踵を返し逃げようと振り返ったその時。クロガラスは勢い良く私の脳髄を掴み抉った。

意識が落ちる瞬間ふと思い出した。昔私は職場で出会った妻と子供がいる上司と不倫をしていた。最初こそ肉体だけの関係だったものの私達は"故意"に落ちた。醜い罪。

クラガラスは「色のついた欲は醜いな」と妖し気な笑みを浮かべた。
7つの大罪、色欲。
三つ目の悪が完成する。

ちゃむ。

- 4 -

男が、手を伸ばしてこちらに迫って来ていた。クロガラスか、と気付いたときには遅かった。細い指が頭蓋を砕く。酩酊する意識の中で、垂れた己の脳髄を眺める。

食事を与えずにいると、子供は死んだ。腐ってゆく死体を眺めながら、酒を飲む毎日。何も感じなかった。無関心が生んだ、私の罪。

クロガラスが私を蹴飛ばすと、空の頭蓋が小気味良い音を立てた。
7つの大罪、怠惰。
四つ目の悪が完成する。

- 5 -

クロガラス、小耳に挟んだ都市伝説と、目の前の男を結び付けるのは容易くはなかった。
何故なら、「男がクロガラスだ」と確証を得る前に、既に脳髄を抉り取られていたからだ。

あぁ、欲しい。
あれが欲しい、それが欲しい。
手に入れるために売ったものは数知れず、その中に、自らの家族さえも含まれていた。

「欲しがった男が、最後に奪われるとはね…」
鴉が皮肉に笑う。
7つの大罪、物欲。
五つ目の悪が完成する。

戸亜留音子

- 6 -

男の匂いが鼻に付く。苛立ちを煽るような嫌な匂いだ。なぜ俺がクロガラスに狙われなければならないのだ。抉られた頭蓋から脳髄が掴まれていた。

奴が憎い。
自分の仕出かしたことを悔いる素振りもなく、「自己犠牲の勇者」とすり替えて嘯く年増女が許せなかった。
それは正しい真実ではない。怒りが為に荒ぶる感情が身を焦がす。

クロガラスが冷ややかに笑みを浮かべている。
7つの大罪、憤怒。
六つ目の悪が完成する。

aoto

- 7 -

クロガラスだか何だか知らないけどあたしに何か関係あるの。咒師如きが触れていい物ではないのに、あたしの脳髄の軋る音が聞こえる。

生まれもっての違いよ。
あたしなのだからあたし以外があたしに傅くのは当たり前だわ。
あたしはあたし。それだけで素晴らしいの。
でもそうね。あたしも一度くらい誰かを羨んでみたいわ。

クロガラスは皮肉っぽく笑う。
7つの大罪、傲慢。
七つ目の悪が完成する。

ワタル

- 8 -

全てが完成した折に、丁度良く咲いた月下美人。それをクロガラスは愉快に愛でていた。

羽を毟る音がする。

六道を流離うクロガラスも七つ目の大罪に箍が外れた。悪の虜は闇の眷属に、もはや夜は明けない。

羽を毟る音がする。

「もう一度やり直せるなら、温もりの側に居たい」
それが彼らの終わりの言葉だ。
クロガラスは薄気味悪い笑みを浮かべた。

羽を毟る音がする。

クロガラスのモノガタリ。

終劇。

唐草

- 完 -

作品情報

咒

#16289

リレー期間

1年3ヶ月