ざっくり言うと、アリスはどんくさいので汚い不思議の国まで落っこちました。 汚い、というのは要するにこういうことです。あちらでは酔っ払いがゲロを吐き、こちらでは男と女が絡みあい、そちらのほうでは何やら怒鳴りあってる輩がいます。 かわい子ちゃんが落っこちてきたぞ、と酔っ払った誰か。邪魔だよ、と女がアリスを蹴飛ばしました。足元に酒瓶が投げつけられ、どこかでピストルがなりました。おい、ウサギが焦げてるぞ。
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それはアリスを突き飛ばし、アリスをこの世界に転がり落とした張本人のウサギでした。まあ、穴を覗き込んでいたどんくさいアリスの方に非はあるですが、アリス自身は自分が悪いなんて微塵にも考えず、丸焦げのウサギをいい気味だわとほくそ笑んでやりました。 美味そうなウサギだ!と、酔っ払い達はたちまちウサギを平らげ、ウサギの懐中時計を、喰えない物と言って、アリスの方に投げつけて来ました。 アリスはそれを拾います。
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「げへへ、姐ちゃん可愛いなぁ。一晩三千円でどうだ?」 アリスが時計を精査していると下品な酔っ払いが話しかけてきました。それにしても自分の価値が予想外に低いことに落ち込むアリス。 「お、いいもん持ってるじゃねぇか。寄越せ」 どう返事をしたものかと考えあぐねていると酔っ払いはアリスの手から時計をもぎ取りました。 「よっほーい儲かった!三万はくだらないぞーい!」 ここは一切の油断が出来ない場所なのです。
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どんくさアリスの価値は時計の十分の一。がっかりしたアリスは早く酔っ払いから離れたいと思ったので言いました。 「私と一夜を過ごすより、その時計を金に変えるなりもっと綺麗な女性に贈るなりした方が有効だと思いませんか?」 それもそうだな、とあっさり引き上げていった酔っ払いにそれはそれで傷つくアリスでした。 さて一人になったものの、不思議の国で右も左も分かりません。その時、変な歌が聞こえてきました。
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それは浮かれウサギの鼻歌でした。ウサギは、暗い顔をしているアリスと目が合うなり肩に腕を回してきます。 親密な仲でもあるまいし、アリスはそう思いましたが生来のどんくささには敵いません。振り解けずそのまま足の向く方へ連れて行かれます。 「お嬢さん紅茶は好きかな?良い茶葉が揃ってね」 ウサギは上機嫌で歌を口ずさみながら、にたりと笑うのでした。 構ってあげよう、お茶会だ♪ カモってあげよう、めちゃく茶会♬
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どんくさアリスがお茶会に行くと、サングラスをかけた帽子屋と、葉巻を咥えたヤマネがすでに席についていました。 「おう、早う座って、飲めや飲め。特別な葉を使っている。飲むと気分がよくなるぞ」 ヤマネはアリスにお茶を勧めます。 「嬢ちゃん、今日は何日だね? あんまり気持ちがいいんで、時間はバターのように溶けてしまったよ」 帽子屋の視点はどこにも合ってはいませんでした。 アリスはカップを手にしました。
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アリスはいくらどんくさいとはいえ、何が危険か危険でないかくらい分かります。 よくわからない奴らによくわからないものを勧められて不審に思わない人はいないでしょう? アリスは考えました。 どうすればこの場をやり過ごすことができるかを。 この上なく丁重にお断りすればやり過ごせるだろうか… それとも飲む振りをしようか… いっそ全速力で逃げてしまおうか…
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「おっと、この俺の持て成しが受けられないなんてぇ野暮は言いっこなしだぜ」 迷って目が泳いだアリスの心を見透かし、ヤマネが牽制してきました。もはや逃げ出すのは無理なようです。 「ほれ、さっさと飲めや。嫌ならお前をポットに押し込んで、沼に沈めてやるぞ」 何て理不尽なの、とアリスは思いました。 私、あなたのその首をちょん切ってやりたいわ。 どんくさい故に、無謀な怒りが込み上げてきたのです。
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アリスは目の前のバターナイフを手に取るとヤマネに向かって振りおろしました。するとあっけなくヤマネの首は取れてしまいました。 「あいたた。乱暴な嬢ちゃんだ。」 首だけで喋るヤマネを蹴り飛ばし、アリスは走りました。 走って、走って、走りました。 すると、既視感を感じる扉が目の前に現れました。部屋に入ると私がいました。 「走ったら喉が乾いちゃったわ」 「そうね」と言って、私はカップのお茶を飲みました。
- 完 -