Music for the art

「おれ"すい部"入ったんだー、お前も入ろうぜ?」 友人Aは俺にそう言った。 だから、入部届には「吹奏楽部」と書いたのだ。 なんの確認もせず、 一人で入部手続きをしてしまったのが悪かった。 友人が言っていたのは「水泳部」のことだった。

se-shiro

13年前

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部活、初日に実力をはかる実技テストがあった。 結局から… 俺はその日からこう呼ばれることになる。 平成のバッハ。 では、なく

3(^_-)3

13年前

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ジャンル違いのピカソ、だ。 こんな面倒くさいあだ名を考えたやつに頭が下がるってもんだ。勿論、嫌味を込めて。 別にすごく上手だったわけではない、破壊的だったのだ。ピカソに謝れと言いたい。 しかしそいつは天才だった。 平成のバッハは、彼女だったのだ。 彼女の指から紡がれる旋律は、音楽初心者の俺にを鳥肌を立たせるものだった。

きくらげ

13年前

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俺は、彼女の演奏に完全に聴き入ってしまっていた。 彼女が吹いていたのはリコーダーを少し大きくしたような、縦笛だった。 楽器の名前がわからなかったので、バッハに直接訊いた。 そして、それが「クラリネット」である事を知った。 名前を訊いた時、最初は怪訝な顔をされた。 次に「なんで知らないの?」と非常識人を見るような目で見られた。 それはそうだろう。 なぜなら俺はジャンル違いのピカソなのだ。

minami

13年前

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その日以来、ピカソはバッハに手解きを受けることになった。 マエストロ、夢の共演である。 それから。 ピカソは音楽というものを知っていった。 誰かがこう言った。 「バッハがピカソに教えるのは着色ではなく音色だ」 こりゃ一本取られたと舌を巻く。 数日後の帰り道、友人Aに出会う。 友人Aはピカソをこう呼んだ。 「ミズシラズ野郎!」 ピカソが第二の勲章を戴いた歴史的瞬間である。

13年前

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理由を問う。A曰く、見ず知らずの音楽の世界で周囲のことなど見ず知らず好き勝手やっているからだという。 なぜ水泳部にしなかったかと問われるがAのせいに他ならぬ。 平たく言うと、Aはバッハに恋情を寄せているため俺が目障りだということだった。 しかし俺は戴いた勲章よろしく、彼の春など梅雨知らず見ず知らず。考慮する気は毛頭ない。俺はただ形がどうであれ美しき芸術を求むるだけなのだ。

sir-spring

12年前

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俺は彼女に手ほどきを受けながら、音楽を学んでいった。俺のクラリネットを吹く技術は上達し、ピカソとバッハの仲は深まっていった。俺たちは放課後を惜しむことなく使い、美しき芸術への思索に耽った。彼女は音楽の素晴らしさについて語り、俺は芸術について語った。 「芸術は日々の生活の埃を、魂から洗い流してくれる」 「音楽は精神の中から、日常の生活の塵埃を除去する」 今まさに、二人の名言が合致した瞬間だった。

aoto

11年前

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そして、今 俺はバッハと共に照らされていた。目の前にいる人たちの目はピカソとバッハという異色のコンビに期待の光を灯している。 俺は都内で開かれるコンクールに応募した。もちろん、まだまだ実力は足りないと思っていた。しかし、応募してみる価値はあると思った。自分の実力がどれほどかを知りたかった。しかし一人では心細かったのでバッハを誘ったのだ。 バッハは快く受け入れてくれた。もしかしたら……。

shu

10年前

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こんなに大きな舞台に立つのは初めてだった。いや、この時の俺は舞台に立つのさえが初めてのことだった。 一様に見つめてくる無数の眼差し。 当てられているスポットライトが無性に熱く感じられる。 バッハの合図で、俺は大きく息を吸った。 バッハの旋律に俺が、ピカソが色を付けていく。俺の技術などバッハの何分の一にも満たないが、いい味になってくれればいい。 バッハとピカソは盛大な拍手に包まれたのだった。

- 完 -