僕と小野咲さんとフィボナッチ数列

彼女はどこにでもいるような数学が大好きな中学生の少女。彼女の名前は、いや、やめておこう。なぜって、彼女が自分の名前を嫌っているからだよ。今日彼女が考えている問題それは、フィボナッチ数列の一般項。高校生でも答えられるのはごくわずかだろう。それを彼女はルーズリーフにスラスラと解いて行く。そんな彼女は周りから変な人のレッテルを貼られていた。 「あれ?計算が合わないなぁ」

カッツェ

13年前

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彼女は書いたもの全てを消しゴムで消した。逆算なんかするわけがない。どこが間違ってるのか分からないのだし、自分で解いたものは案外見直しても間違いが見つけにくいものだ。なら始めから解き直した方が効率的だ。 違う紙に書くなんて、そんなことは出来ない。このページ以外に無事な紙はないのだから 「えっと、1、1、2、3、5…前の数字を足していくんだから…二回階差使って… 」 白い紙は、黒に埋まっていった

ハイリ

13年前

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紙が真っ黒になるその直前で彼女の手が止まった。静かに鉛筆を置き、彼女はまた消しゴムに手を伸ばす。 間違いなんてどこにも無いのに書いたものを消していく彼女。昼休みが終わるまで後十五分。あの調子じゃ今日も解き終わらないのだろう。 彼女の観察をしていて気付いたが、どうやら彼女は、誰とも関わり合うことが出来ない自分の孤独を埋めてくれるのはフィボナッチ数列だけだと思っているようだ。 なんて哀れなのだろう。

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関心事が少ない人間はその僅かな興味に全神経を注ぐ。衆目など存在しているだけで、感じていない。 フィボナッチとの格闘の末、彼女の手元に残ったのは、黒ずんだ消しゴムと消しカスの塊だけだった。 午後の授業、隣席の僕がちらと目をやると、彼女は頬杖をついて、僕を眺めていた。 ! 咄嗟に仰け反ってしまった。 (な、なに...?) (昼休み私のこと見てたでしょ?) (あ、わかってたんだ) (興味あんの?)

13年前

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「…そういうワケじゃ」 「じゃあ何?」 「えっ?いやすごく熱中してたから…」 「さっきのは散々。頭に血がのぼって余計考えが纏まらなかった…」 「……あ、そうだ。落ち着きたい時は素数を数えるといいらしいよ?」 「……」 「えと…僕もよくわかんないんだけど確か漫画… 「驚いた…」 「?」 「今までそんな事考えもしなかった…!名前は!?クラスと学年も!!」 「あの、ずっと隣の席なn…」 「名前!!」

K5.

13年前

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「え?鈴木健太だけど…」 「鈴木君ね!」 …同じクラスにいて、しかも隣なのに名前も覚えてないのかよ。 「で、でもこのクラス、鈴木って男子が3人いるんだけど…」 「え?て事は、『鈴木』って呼んで貴方に当たるの確率は1/3って事か〜」 「はい⁇」 「で、貴方は鈴木何番目?」 「え、2番目…」 「じゃあ、『鈴木2』君ね!」 …勝手に苗字にナンバリングされてしまった。 彼女の思考はよくわからない。

hyper

13年前

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「ま、いいや。取り敢えず名前は覚えてもらえたみたいだね。よろしく」 僕が片手を出すと、彼女はよろしく、と言って手を握った。 僕はクラス替えの無いこの学校において、すでに席替えから2週間ほどたったある日の5時間目、こうして隣の席の彼女と自己紹介を終えた。 僕はその日の残りを彼女との雑談に使った。 僕は彼女の事を哀れだと評価していたが、彼女にしてみれば、人と関われない事は苦ではないらしい。

Beatle

12年前

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小野咲 薫とはじめて話した日から あっ、小野咲 薫とは最初に言うのを止めてしまったフィボナッチ数列の仔の名前である。 小野咲さんとはじめて話した日から学校に行くと毎日話す仲になった 彼女はやっぱり変わり者だ。 人間は誰でも1人は怖い物だ。 だが、彼女は1人でも、何も感じていないようなのだ。 何故かと聞いたら (その感情は幼児の時に捨てた)こう答えたのだ その時は、言ってることが良くわからなかった

こう。

12年前

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ある日の帰り道、僕の横を歩く彼女はぽつりと語った。 こんなふうに、ひとりじゃないのも、いいね。 家庭環境が複雑で男として育てられたこと、そのせいで自分の名前が嫌いなことを打ち明けられたのも、その時だった。 僕と小野咲さんは、素数を数えながら、夕暮れをゆっくり歩いた。 …まだデートにも誘えていないけれど、いずれはフィボナッチ数列のように会う回数を増やしていければ、なんて僕は今から考えている。

12年前

- 完 -