リビングで昼寝をしていた私は、ふと目を覚ました。 目に映ったのは、赤い海。 ビクッとして立ち上がる。 リビングに充満する、むせ返るような血の匂い。 一体何がどうなっている? 親は何処だ? 歩きだそうとすると、何かにつまずく。 視線を下に向けると、そこに母がいた。うつ伏せになって、ピクリとも動かない。腹からは赤い川が流れている。 そのときだった。私の手に包丁が持たれていることに気がついたのは。
- 1 -
これは夢か? 頬を引っ張り、叩き、もう一度横になって目を瞑る。 そして、再び目を開いても現場は変わらなかった。 嗅覚が拒絶反応を起こして息が出来ない。 動悸がする。 ドクドクと血液が体内を巡る音がする。 手にある包丁には赤黒い液体が付着していた。それは、母の腹から流れている液体と同じ色をしていた。 私が、母を、殺し…た? 包丁から手を離そうとしたが、強張って離す事ができなかった…。
- 2 -
…早く…逃げなきゃ…私は連行される…。 私は逃げようとして足を引きずった。でも、逃げれない…足が思うように動かない…金縛りの如く足が止まってる…。 恐怖の余り何が何だか分からなくなった。頭の中が真っ白。どうして…どうしてこうなったの…? 目の前の狂気で目から涙が溢れ出て、口から嘔吐を出してしまった。 …とそこへ! 「スッキリしたかい?」
- 3 -
そこに居たのは、見知った中年の男。 より正確には、生物学上の父親。 「なんであんたが…」 女を作って出て行ったっきり、行方知れずとなっていたというのに。 「お前、こいつヤっちゃったの?」 男は質問に答えず、からりと笑った。そこに動揺はなく、当然伴侶が死んだことへの悲しみもない。 「助けて…」 母を捨てた男にそんなことを頼めてしまうのは、やはり私がこの男の遺伝子をついでいるからか。
- 4 -
「ヤったのかどうか聞いてるんだ。助けを求めるな」 やはりこの男は頼れない。私は手にした包丁を男に向けた。狂気の根源はこの男だ。 「俺をヤるのか。二人ヤったら罪は重くなるぞ」 ニヤニヤしながらうつ伏せになって息絶えた母の顔を覗きこむ男の目は、正気ではなかった。まさか、この男が? 「そういえばどうやってこの家に入ってきたんですか」 震える手、しかし包丁は男に向けたまま。男は無表情で私に近付く。
- 5 -
「玄関からだけど?」 ふと、昼寝する前の記憶が頭をよぎった。 確か今日私は一人で買い物に出掛けて… ショッピング中に突然母から着信が来て、急いで家に帰ったのを思い出す。 でもあの時、母が何を言っていたのかは…思い出せない。 そして家につくと玄関の鍵が空いていたことが幸いで、すぐさま中に入ることができたんだ。 ……あれ?ちょっとまって? いつも家を出る時は必ず鍵を閉めて行ってるはずなんだけど…
- 6 -
「いや。ドア蹴破ってきた」 今までのシリアスな所返してくんない? こいつのせいで…。 母が死んだ。 「いやいやwww殺ったのお前だからwww」 一番はお前のせいだ! 「現実逃避すんなwwwそうやっていつも逃げようとすんな」 うるさい。 お前も…殺さなきゃいけない。 「殺人鬼だな。二人の親を殺すなんて。 俺と同じだな」
- 7 -
あんたも両親を殺してるんだ〜 じゃあ私があんたを殺してもいいよね。 芥川龍之介さんが書いた「羅生門」に便乗しまーすww 「おい、まて!」 私はあいつの腹になんの抵抗もなく包丁を突き立てた。 私はどんどん狂っていく。私はこれから何人も人を殺しそうな気分になり、ブルッと震えた。この場合は武者震いというのかねww 私は、外に出て、次の獲物をさがしに出た。 私はどうなってしまったのだろう。
- 8 -
誰かを殺したい。 何かを壊したい。 そんな衝動が自分の中に湧いてくるなんて、思いもしなかった。 でも、あの時。急いで帰った私に向けられた、母の言葉。それを聞いた時、何かが切れたのだ。 ヤッてしまった事の、後悔はしている。 でも、ヤッたときの快感も手に残っている。 もう、誰でもいい。 ふらふらと街を彷徨っていたら、歩きスマホの男がいた。 私は声にならない叫びをあげながら、男に襲いかかった。
- 完 -