「うーん…」 神田凪(女)は悩んでいた。 彼女は美術部。部活では、主に人物イラストを書いている。 「何書こうかな…」 さっきからどうにもイメージが湧かず、開いたスケッチブックは真っ白なままだった。 せめて構図を…ああ、思いつかん。 凪は頭を掻きむしり、机に突っ伏して、 …そのまま寝てしまった。
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次に凪が目を覚ました時には、既に陽が暮れ始めていた。どうやら思ったよりも寝ていたらしい。 「も、帰ろ……」 スケッチブックを仕舞おうとした時、白紙である筈のページに何か描いてある事に気付いた。 机に突っ伏し、頭を掻きむしったポーズの人物画。その端には、『面白い寝相だったよ(笑)』の文字。 どうやら部活メンバーに悪戯されたらしい。凪は羞恥に顔を赤く染めたが、その直後、人物画の構図を思い付いた。
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一瞬の閃きが消えないうちに、違うページにクロッキーを残しておく。 誰の落書きかは分からないが、ここから良いアイデアが生まれそうだ。そう思いながら手を動かし始めたら夢中になりすぎて。 時計を見たときには運動部すら帰る時刻を回っていた。 ……ぐぅ。 静かな美術室で腹の虫が鳴く。帰宅すれば夕飯が待っているのだが、小腹を満たす為にあんぱんの袋を開けたら。 「まだいたんだ。…もしかして、いま寝起き?」
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背後から聞こえた声に飛び上がりそうになった。 恐る恐る振り向くと、視線の先にいたのは見知らぬ男子生徒だった。 「誰……?」 「え。佐藤だけど。新聞部の」 新聞部……? 首をひねる凪を見て、佐藤と名乗った男子は苦笑した。 「先々週に校内新聞の部活紹介用のインタビュー取らせてもらったばっかなんだけど、俺ってそんな印象薄かった?」 その説明で凪の記憶はうっすらと焦点を結び始めた。 「ああー……あの時の」
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彼の印象云々よりも、あの日は丁度新作あんぱん発売日と言うのが重なり、気が気でなかったのだ。本校購買部のパンは、そのパンメーカーから商品を卸している。時間がなかった。 「あの時はちょっと急いでて」 それよりも、彼が例のらくがきを残したのだろうか。とすると、新聞部にしては絵心があり過ぎる。 「下校時間、とっくに過ぎてるからさ。今こそ急ぐべきじゃないかな」 そう言う彼は何故まだ校舎にいるのだろうか。
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