羊の夢と生きた証

それから僕は夢を見た。 永遠とも思われる深い闇のなかを羊が列を成して歩く夢。 僕はその列に紛れて、進んでいく羊の背中を追っていた。 「来世は羊になるの」 君の言葉を思い出していた。

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羊は哀れだ、と思う。 群れなければ生きられない臆病な生き物。猟犬に監視されながら、柵の内側で草を食む。群れからはぐれれば忽ち狼に食い殺され、けれど多数のうちの一頭の行方なんて、誰も気にも留めないだろう。 そして良い子にしていた羊の末路もまた、実りのない惨めなものだ。なんせ毛を刈り取られ、供物として焼き殺されるのだから。 君はそんな羊になりたいのかい? 僕も…そんな羊になってしまうのだろうか。

10年前

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「私は眠れない人が数えるための羊になるの。貰ってばっかりの私でも、これくらいだったら人の役に立てるわ」 いつもの笑顔の君が出てきて言った。それが僕の頭に強く残っているのだから当然か。 「そんなこと言っても、所詮多くのうちの一頭じゃないか。どうせ思い出してもらえない」 幻と会話するなんて、いよいよ僕はどうかしてきたらしい。 「他にもね、羊の白はよく映えるのよ。特に永遠に続く人の闇の道標として」

のんのん

10年前

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「永遠に続く人の闇の道標」。 そうして、僕の幻の彼女は消えていった。 羊の役目が沢山あることは分かっている。それは僕の頭の中に、確かに君の記憶が宿っている何よりの証拠だった。 羊は確かに白くて、よく映える。だから、闇の中でも光を映し、人々を導くのだろう。闇が世界を覆っているのだから。 夢は覚めるどころかもっと深まり、僕の意識は更に闇に飲まれそうだった。 これが、所謂「死の前ぶれ」なのだろうか?

望月 快

9年前

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夢の旅路は虚ろで、行き先も分からない。羊たちは列を乱すことなく、整然と歩みを続けていた。 近くで猟犬が見張っているのだろうか。 もしも、この夢が死の前触れならば、きっと行き先は天の国なのだろう。迷える羊はいつだって自分を導いてくれる人を求めている。その意味において、ある種の生き物にとって自由は不自由よりも扱い難いものである。臆病な者は自由を選べない。誰しもが自由を望んでいるわけではないのだ。

aoto

8年前

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人の迷いの闇。生の終着点の闇。僕を幾重にも取り囲む。 僕も、この羊達に着いていこうか。 もう自ら選択し続けることに疲れてしまった。足は鉛のように重く、自由に動き回る余力もない。彼女が教えてくれたように、羊を道標に穏やかな世界へ導かれることを願おう。 列の最後尾に加わる。何も考えず黙々と歩き続けると、僕の体もまた羊へと変わっていく。 これで彼女と同じになれたのか。そう思うとひどく安心感に包まれた。

香白梅

8年前

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目が覚めると僕は羊になっていた。 全身はモコモコの白い毛でおおわれており頭にはくるりとカールした2本の角が生えている。 間違いない僕は羊だ。 モコモコの毛皮のせいかなんだか無性に暑い。 僕は引き出しからバリカンを取り出し丁寧にに自分の毛を刈った。全身毛が刈り終わると体がスースーした。何だか寒いので刈った毛でセーターを編んだ。 出来上がったセーターを着て鏡の前に立つ。なかなかの出来だ。

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鏡の前で出来映えに頷き、ふと我に返る。この掘建て小屋はどこだ?知らない場所のはずなのに、引き出しにバリカンが入っている事を当たり前のように知っていた。 酷い耳鳴りに耳を塞ぐ。違う、羊の鳴き声?大音量のそれは小屋のすぐ外から聞こえてくる。嫌だ。行きたくない。 けれども僕は何かに導かれるように扉を強く開け放った。 そこに広がるのは無数の羊の群れ……ではなく。

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 目の前にセーターを持った羊の列。  彼らのセーターは血濡れていたり、装飾が付いていたりする。そのセーターはここで取り上げられる。  …遂に僕の番となった。  「此処でそのセーターを買い取る。いいな。」  「はい。」  「君は随分と黒いセーターだね。」  「まぁ、僕は『私の道標にはなれない』と惚れた女性に言われましたから。」  僕の証は無くなり、やっと導けるようになる。今度は僕の番だ。君よ。

内藤

5年前

- 完 -