愛の値段はおいくらで

愛:108円(税込) フリーマーケットで見つけたそのふざけた看板に、僕は何故だか目を引かれた。 あきらかにくだらないジョークにしか見えないのに、けれど、ジョークならもっと効果的な方法があるのに、簡潔な字体でひっそりと書かれていることに違和感を覚えて。なんにせよ、僕はその店の前に立ち止まり、そして店主の女性に声をかけられた。 「愛、足りていますか? お安くなっていますよ。いかがです?」

空夜

6年前

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安い愛と言うのも何だかなぁ。得意の苦笑いでその場をやり過ごそうとしていたら、両手を彼女のそれで掴まれ仰天してしまった。 「今買っておけば、後々重宝しますよ。逃せば次はありません」 こわい。押しの強いのは苦手だ。108円さえ払えば解放される。そう思ったら少し楽になった。 「わ、わかりました、ひとつだけ」 愛もお金で買える時代、か。掴まれた両手から静電気の様なものを感じる。 「お買い上げ!」

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こうして108円の愛を手に入れた。 しかし、愛には色も形もないためそれがあるのか無いのか良くわからないのであった。 僕が手に入れた愛はどこだ。

clematis

6年前

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目に見えない、不確かなものは好きじゃないんだ。 はした金で買ったが、すぐに失うなんて惜しい。お願いだから愛よ、僕の前に出てきておくれ。 しかし愛は見つからなかった。 やはり騙されていたのかもしれない。買わされた時も微電流が走っただけだったし。 何事もないまま時間だけが過ぎ、愛のことなんてすっかり忘れていた。 ──運命は突然に

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「この近くに"clover"ってお店ありませんか」 突然白杖を持った女性に声を掛けられた。周りを見渡せば、少し先にその喫茶店はある。 「それなら、50mほど行った右手側にあります」 僕の返答に彼女は困ったように眉を寄せた。 「…お連れしましょうか」 「ありがとうございます」 パアッと笑顔になった彼女を素直に可愛いと感じた。 「よかった。私、目は見えないけどあなたに愛を感じたんです」

asari

6年前

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「!あの時の愛か...」 「?」 「いや、こちらの話です。さあ行きましょう」 僕は手を引いて案内する。まんざらでもなかった。 「着きましたよ」 「ありがとうございます!あなたに出会えてよかったです」 彼女は何度も頭を下げる。 「いえいえ、とんでもない」 僕もつられて頭を下げた。 「...では、失礼します!」 無事に買い物できるといいなあ、なんて思った。

はなの

6年前

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その時感じた思いやりの気持ちを、愛と呼んでも間違いではないだろう。 人に頼られて、役に立つ。お互いに少しだけ嬉しい気分になったのだから、もしこれがあの時の愛のおかげだとしたら108円なんて安いものだ。 そして考えた。今ならこの愛、売れるかも。そしてスマホを開くとフリマアプリを起動して、愛:1万円と入力したのだった。まだ気づいていなかった。ついさっき愛とよんだ気持ちはもう消えてしまっていることに。

赤白帽

6年前

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そして、僕はフリマアプリの出品決定ボタンへと指を伸ばす。その時だった─。 突然スマホを持っていた利き腕にビリビリッと強い電気が走った。 「痛っ…!?」 僕はスマホを地面に落とし、もう片方の手で利き腕を抑えながらその場に蹲った。 腕の痛みが増す一方で、僕はなぜか先程の白杖を持った女性の笑顔が頭に浮かんでいた。 「大丈夫ですか?救急車呼びますか?」 呼びかけに僕が振り向くと…

月ノ雫

6年前

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たくさんの人が、飢えたように僕に手を伸ばしていた。 戸惑う間も無く、誰かに痺れた利き腕を取られた。激痛が止むと同時に、全身からごっそりと何かが抜けていくのを感じた。 僕はぺたんと座り込む。何を失くしたのかわからないのに、胸を掻き毟るような喪失感。 フリマアプリの出品を取り消しても、空虚感が僕を蝕む。冷えた胸が辛い。 そうだ、あのフリマにもう一度、愛を買いに行こう。今度は、いくらでも出すから。

6年前

- 完 -