死者の声が聞こえるテープ

「死者の声が聞こえるテープ?」 俺は目を丸くした。 「うん。私、持ってるんだ」 奈々はそう言ってうなだれた。 俺の彼女、奈々はオカルト好きだ。よく心霊スポットに行ったり、怪談番組を見ている。俺もそういうのが嫌いではない為、奈々の趣味に付き合う事もある。 「このテープを聞いていると、自分と話したい死者の声が聞こえてくるんだって」 そう言って奈々はバッグからカセットテープを取り出した。

Piano

10年前

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「奈々の好きそうな話じゃないか」 曰く付きの物には目がない奈々だが、今回は様子が違うようだ。 「そうなんだけどね」 「あれ、もしかして怖いの」 そんなことないと、奈々は顔を上げ抗議する。 「私って幸せなことに、これまで知り合いに不幸がなかったの。だから、『自分と話したい死者』って言われても全然ピンとこなくてさ」 「それならそもそも、何も聞こえてこないんじゃないか」 「私もね、最初はそう思ったのよ」

Fumi

10年前

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奈々は俺を探るような目で見る。 「直登、何か隠してる事あるでしょう?」 「なんだよ、急に」 俺は奈々から慌てて目をそらす。 「ね、一緒にこのテープを聴いてみようよ。二人で聴くとどうなのか、気になるから」 俺の周りで亡くなった人は二人。 一人はばあちゃん。小さい頃に心臓発作で。 もう一人は…。 奈々はすでに再生ボタンを押していた。 雑音に紛れて何かがぶつかる音、女の悲鳴。 「直登ッ、助けて…痛いよ」

10年前

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雑多な息遣いはそこに複数の人間がいるということがわかる。痛い、痛いと繰り返す悲痛な女の声は徐々に弱々しくなり意味をなさない呻きへと変わってしまった。 「・・・なに、これ?」奈々はあくまで冷静に僕をみていた。いったんテープを止め、僕は壁に掛けられた古時計を確認した。 「お出かけしようか」僕が言うと彼女は訝しながらも頷き準備を始める。一足先に玄関を出て空を見上げると、あの日と同じ晴れ空が広がっていた。

コウ。

10年前

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少し歩いて、繁華街の交差点に辿り着く。いつ来ても道路脇に花が絶えないのを見ると、とても複雑な気持ちになる。 「見て、クゥピー。かわいー」 落ちていた人気キャラクターのマスコットを拾い上げて、奈々。 「貰っちゃだめかなあ」 人混みの中、クゥピーと睨めっこする姿は年齢にそぐわない。許せるのは恋人の欲目か、それとも……。 「いいんじゃないか。かなりの確率で曰くありだし、奈々専用って感じがする」

硫黄ヶ崎

10年前

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そう言って、俺は奈々の手からクゥピーをいただき、上着のポケットに入れた。 「なんで!? 私のクゥピーだよッ?」 目を丸くして驚く奈々を尻目に、俺は横断歩道を渡った。 「ちょ、私のクゥピーィッ!」 「帰ってからゆっくりと鑑賞したまえ」 「えーっ」 親子連れとすれ違う。子どもがこちらを指差して何かを言おうとしたが、すぐに母親が制した。 俺は気にも留めなかった。 奈々は相変わらず不満げだった。

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「どこいくの」 俺の後ろで、構って欲しそうに一歩遅れて付いてくる奈々が不満そうに溢す。 そんな子供みたいな仕草に、愛おしさがこみ上げてくる。 「…大切な人の所」 途中で花屋に立ち寄れば、奈々はキラキラした顔で色とりどりの花を見ている。 「可愛い〜」 一際キラキラした顔で見ていたポピーと、奈々みたいなカスミソウで小さな花束を作ってもらう。 店を出ると、奈々は笑顔で俺に手を差し出す。

asari

6年前

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それに気づかないふりをして、俺は歩き始める。お陰でご機嫌だった奈々は一気に不機嫌だ。面倒だけど仕方がない。 「ねぇ〜どこいくの〜〜??」 間延びした奈々の声が後ろから聞こえてくる。歩き疲れたのか上半身を前に倒し、俺の服の裾を掴んだ右手に全体重を預けてくる。 「ここだよ」 突然立ち止まった俺に奈々は激突し、もぉ!と怒ったふりをしながら笑った。 俺は静かに泣いていた。

maki.com

6年前

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目の前には、墓石があった。 奈々はその墓石を見ると言葉を失った。 「なに…これ…」 「奈々、聞いて」 「ねぇ、これ、なんなの?」 「奈々」 奈々は蹲る。 俺は持って来ていた水の入ったペットボトルを取り出し、墓石をゆすいでゆく。 「なあ、奈々」 「…」 「大好きだったよ」 俺は墓石を拭くと、花を添えて手を合わせた。 テープは、止まる事なく流れ続けていた。

KeeeN

6年前

- 完 -